恋はしょうがない。〜初めての夜〜 + Side Story ①&②
「夏は、蝉の声がうるさいですけど」
真琴が小さく笑うと、古庄はもっと笑顔になる。
「だったら、俺の実家はもっとすごいよ。山の中だから。いろんな種類の蝉の鳴き声が至る所から聞こえてくる」
「…山の中って…。どんな所なんでしょ。古庄先生のご両親にもご挨拶しなきゃいけないし、早めに連れて行ってくださいね」
この真琴の言葉を聞いて、古庄は和やかな気持ちから一転、ギクリと肝を冷やした。
真琴を自分の家族に会わせることは、古庄が直視したくないミッションだった…。
真琴の思考を転換させるために、古庄は話題を変える必要に駆られた。
「それはそうと…。君はいつまで俺のことを『古庄先生』って呼ぶのかな?」
「…え…?」
真琴は目を丸くして、古庄を見つめ返す。
「君もいずれは、『古庄先生』って呼ばれるようになるんだぞ」
そう言われて、真琴はパチパチと瞬きをして考え込んだ。
「…じゃあ?……和彦さん……?」
そう呼ばれて、今度は古庄の方がパチパチと瞬きをした。
「…もう一度、呼んでくれ」
念を押されると、真琴の方もなんだか少し恥ずかしくなってくる。
「……和彦さん……」
顔を赤らめて、そうつぶやいた瞬間、真琴は古庄の腕にきつく抱きしめられていた。
「……今まで、自分の名前は何の変哲もない平凡な名前だと思っていたけど、君がそんな風に呼んでくれると、この名前で良かったって心から思うよ」
古庄のこの言葉を耳元で聞いて、真琴の胸もキュウっと絞られる。
それだけ自分を純粋に想ってくれているからこそだと思えば、真琴も自然と古庄の背中に腕を回して抱きしめ返していた。
だけど、名前を呼んだくらいでこんなに感激する古庄のことが、少しおかしくなってくる。
「それじゃ、もし名前が『助平』さんでも、私が呼べばいい名前って思うんですね?」
「……え?」