恋はしょうがない。〜初めての夜〜 + Side Story ①&②
その雑誌に目を止めて、古庄は会話の端緒にしようと試みる。
「…山の雑誌ですけど、山に登られるんですか?」
自分に声がかけられていると気付いた瞬間、父親はピクリと体を硬くした。
そして雑誌を閉じ、短く答える。
「いや、登らないね…」
あまりの素っ気なさに、古庄の背中にまた冷や汗が流れ始める。
これでは、会話が弾まないどころか、続いていってくれない。
「今は登らないけど、昔は高い山とかにも登ってたんですよ」
ダイニングで配膳をしながら、会話を盛り上げようと真琴が口を挟んでくれる。
何とか場を和ませて、両親との間を取り持ってくれようとする真琴の健気な心遣いに、古庄の胸がジーンと震えた。
「低い山には、今も登ってるのよ。休みの日には近くの山にトレッキングに行ったりして」
すると、母親の方も合いの手を入れてくれる。
「あら?そうなの?知らなかったわ。お父さん」
真琴はそう言って父親に話を振ったが、父親は聞こえているのかいないのか…。それに答えることなく、ローテーブルの上の雑誌の隣に置かれていたテレビのリモコンを手に取り、スイッチを入れた。
テレビには夕方のニュースが映し出され、おもむろに父親はそれを見始める。
古庄はそれ以上声をかけることが出来なくなった。
二人の間には言葉もないまま、ニュースの音声だけがその耳をかすめていった。
それから夕食になって、古庄は父親との息の詰まるような状況から、やっと解放された。
だが、自分の部屋に籠ってむくれていた正志が、母親により無理やりに連れて来られたので、当然その空気はいっそう重苦しくなった。
母親と真琴が作ってくれたせっかくの料理も、こんな心境では、古庄にはなかなか味わえない。
「あ、そうだ。お父さん。今日はビール飲まないの?」
古庄の隣、父親と向かい合って座る真琴が、父親を覗き込んだ。