ルージュのキスは恋の始まり
 私が井上君に微笑むと、彼はコクリと頷いた。

「美優先輩、約束ですよ。すぐに戻って来て下さいね」

 亜紀ちゃんは、半泣き状態で私の手をぎゅっと握ってくる。

 きっと心細くて仕方がないのだろう。

「約束する」

 亜紀ちゃんの肩を抱くと、ポンポンと優しく背中を撫でるように軽く叩いた。

「美優先輩、私からの餞別です。私の試作品」

 必死に涙を堪えながら、亜紀ちゃんが白衣のポケットから口紅を出して私に塗っていく。

「亜紀ちゃん・・・・」

「駄目です。先輩は黙って」

 全部塗り終えると、その出来上がりを見て亜紀ちゃんは満足気に微笑んだ。

「やっぱりこの色先輩に似合う。オレンジがかった赤。知的な先輩にピッタリ。宣伝部の女になんか負けないで!」

 亜紀ちゃんが拳を振り上げる。
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