いつだってそこには君がいた。
episode8.噂
入学して早くも一ヶ月が経った五月。すっかり桜の花びらは散り、木々は緑で溢れかえって、風は優しく吹き抜ける。
そんな清々しい春の日の早朝。私はいつもより一時間早く起きて電車に揺られていた。結城くんと共に。
「ふぁああ〜」
「あくび?」
「昨日遅くまで本読んでて」
目尻に溜まった涙を人差し指で拭う仕草をしていると、結城くんに鼻で笑われる。
いつもだったら沙月ちゃんと高橋くんも一緒に登校するのが通常なのだけど、今日から一週間学級委員は"クリーンアップ週間"と銘打って学校周辺のゴミ拾いをすることになっていた。
だからこうして私と結城くんは肩を並べて空いた車両の座席に座っている。
「ふあ……」
再びあくびをしようとして、口の中で咬み殺す。隣にいる人にまた鼻で笑われたくないと瞬時に思ったから。
「そんなに眠いなら寝ててもいいぞ?肩かしてやろうか?」
「え、それは悪いよ……」
「なに気にしてんだよ、バーカ。ほら……」
胸の前に両手を出して遠慮している私をよそに結城くんの手が頭に伸びてくる。そのまま引き寄せられると私の頭が肩に乗る。
ふわりと鼻先をくすぐるのは柔軟剤の甘い香りと、整髪料の柑橘系の匂い。なぜか心臓がドキンッと跳ねた。
ブレザーのさらさらとした肌触りが頬に当たり、まばたきを繰り返した。
眠気なんて、どこかへ行ってしまったようだ。
「も、もう、からかうのやめてよ」