橘恋歌
初戀
もう七年にもなりましょうが、今でも目を閉じれば、あの日のことは鮮明に思い出すことができます。
――「姫様。何処におわしますの?」
乳母の声に、まだ幼い私は庭の垣根の陰に隠れました。
「姫様〜?全く、琵琶のお稽古の時刻になりますのに…」
乳母の気配が遠ざかるのを感じ、私は急いで邸の出口へ向かいました。
「初めて中将を撒けたわ。折角の好機だもの、ばれないうちに出なくちゃ」
その頃、何故か皆は私に読み書き、和歌、琵琶、お琴…所謂“教養”を詰め込もうと必死にございました。
結婚を見据えた教育を施すのは娘を持つ家の者なら当然のことですが、幼い私には煩わしいものとしか思えませんでした。