イップス
「エース桜庭の女房役に据える選手は、もう川嶋監督の中でお決まりですか」

 甲子園から戻ってきてからは、国体出場もあり三年生が健在で、練習でキャッチャー不在に関して困ることはなかったが、秋季大会のことを考えるとキャッチャー育成は急務のはず。

「はい、荒削りでセンバツ出場は叶いませんが、きっと夏までには間に合わせます」

 監督の自信に満ちた声。いつからだろう、監督がこんなに堂々とするようになったのは。



「望月、こっちに来い」

 外周20周でクタクタになった俺を監督に呼び出され、まさか手を抜いていたのがバレたんじゃないかと、戦々恐々となった。監督の拳骨は痛いと定評なのだ。
 しかも周りには、高校野球雑誌の記者までいる。記者の人の前で拳骨を披露する気なのだろうか…、それは体罰だと思われそうだけど。


「こいつ、一年の望月翔が新キャッチャーとしてホームを死守します」


 …ドッキリ?

 何の前触れもなく、監督は俺を記者にそう紹介した。

「一年生にしては背も高いね、180近い?」
「あ、178っス」
「さすがにまだ細いけど、一年生じゃこれからだね。もともとどこのポジションだったんですか」
「ライトです。こいつは肩が良くてね、犠牲フライを裁いたこともあります」

 肩がいいのは俺もちょっと自慢できることだ。でも、キャッチャーは無理だと思う。

 監督はそれから記者の人と色々話をして、俺は練習に戻り、休憩になった時ようやく真相を聞くことができた。


「どうして俺がキャッチャーなんスか?」

「他にいないからに決まってるだろう。それとも不服か?」

 二年生でベンチ入りすらできない先輩も、きっと多くいるだろう。その先輩を差し置いて正捕手、というのに気が引けないはずはない。

「二年の連中に遠慮しているつもりか。お前がキャッチャーをやらんことには、誰も甲子園どころか試合もできない。分かってるだろうな」


 否、とはもう言えなかった。俺は、三年生のキャッチャーの先輩に従って、練習に取り組むことになった。

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