裏腹な彼との恋愛設計図
「……留年したんだ。高三の一学期、父親が運転する車で事故に遭って」


ぴたりと動きを止め、私は柊さんを見つめる。

少し悲しげな、暗い影を落とす、伏し目がちなその表情を。


「もちろん怪我もしたけど、それよりキツかったのは、頭を打って起こった一時的な記憶障害だった」

「記憶障害……?」

「事故に遭ってすぐは、家族の顔がわからなくて“あれ?”って。それから自分のこと考えたら、名前や年齢が出てこないし、家や学校のこともわからなくなっててすげぇ焦ったよ。
酔っ払って記憶無くすのと同じような感じ。思い出そうとすると頭痛と吐き気がしたし、まさに二日酔いみたいだったな」


……そんな事態になっていたなんて。

ドラマや漫画でしか起こらないと思っていたようなことが、彼に降りかかっていたんだ。


「結局一ヶ月くらいはそんな状態。親や友達に名前とか教えてもらって、“そうだった気がする、きっとそうだ”って、徐々に確信出来るようになった。
まずそっちの治療しなきゃ、勉強どころじゃなくて。入院生活が長引いて、授業日数が足りなかったから留年したってわけ」


淡々と語る柊さんの瞳には、窓の外に散らばる宝石のような大小の明かりが、きらきらと映り込んでいる。

それはとても、悲しげな色をしているように思えた。

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