海ホタル
 「待って」

駐車場を出る前に彼に呼び止めた。

彼は不機嫌そうな表情で振り返った。「ヘルメットいらない」
いつの間にかそう言っていた。


なぜだか知らない。
ヘルメットを付ける気なんかさらさらなかった。
男に守られる気もない。
貧乏でいじめられた時も、誰にも守られずに生きてきた私は、男になんか守られたこともなかったし、大好きな人に裏切られた記憶もある。
男なんて、実際守ってなんかくれないことにずいぶん前から気づいていた。
「はあ。死なれたら俺が困る」
「いい。死ぬ時は死ぬもんだって」
「お前死ぬの怖くねえの」
「知らない。死んだことないし」
「・・・変な女。」
「知ってる」

ため息をついて振り向く。
ああ、また安っぽい香水が鼻をぬける。
ヘルメットが外される。
静電気がまとわりつくのがわかった。
ヘルメットを外し、彼は私の顔を覗き込むと
「変な女じゃなきゃ可愛いのにな」と、小さな声で言った。



バイクが音を立てて、再びゆっくりと動き出した。
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