海ホタル
「あたしの事はアユミママって呼んでね。これがエプロン。服装は運動着でもいいわ。あなたがよければだけど。あそこにペットボトルのウーロン茶があるから好きに飲んでちょうだいな。」

少し癖のあるアユミママは、少しほつれたエプロンを私に落とした。
あとはセクハラされたら笑って流せだとか、困ったら台所で言えとか。
店の決まりを叩き込まれた。
香水の匂いが鼻にしがみついて、母もお茶っ葉オトコと会う時はこんな匂いがしたのかと思うと、目の前のゴミ箱を蹴りたくて仕方なくなった。
いや、いつものことだった。

娘に不倫相手の名前をつけるなんて罪悪感一つもなかったのだろうか。
歳を重ねるたびに日に日に母親への不信感や苛立ちが募るばかりで、歳を重ねるたびに日に日に母親の顔を忘れて行く。
そんな自分に孤独感がにじむ。増してゆく。


なにも知らない父の目も見えない代償を、母は払う余地もなく、ましてや知る由もないのだ。
< 5 / 40 >

この作品をシェア

pagetop