On the way


 「・・・・」

「キングと試合をする機会なら、この先いくらでもある。テニスを辞めずに精進する限りはな」

「辞めない・・・限り」

「そうだ。3年間頑張ってきたのは、これからもテニスを続けていくためだったんだろう?」

「俺は・・・」

「今のお前の目的はキングに勝つことじゃない。
 ご両親の条件をクリアしてこの世界に居続けることだろう。違うか?」



目の前の霧が晴れていくように
胸の内にくぐもっていた不透明な思いが消えた。


そうだった。


今の俺がしなければならない事は
王者相手に金星を上げた一時の英雄になることじゃない。



「マツ・・・俺は・・・」

「まったく。お前は昔から自分の事になるとどうにも冷静さを欠くからいけない」

「そうか?」

「無自覚か?・・・まぁそうだろうけど、性質が悪いよ。
 高校の時の団体戦の決勝、覚えてないか?
 ダブルス1勝1敗 シングルスも1勝1敗で迎えた
 S1の試合。当然エースのお前の出番だ。でもあのときお前
 肘を壊して治療中だったんだよな。でもそれを誰も知らなかった。
 痛み止めを注射して無理して出ただろう?
 後で聞いたら、致命傷になったかもしれないっていうじゃないか!
 本当にバカだよな、お前は。将来を棒に振るかもしれない無茶しやがって」

「・・すまない」


ま、あの時はお前でなきゃ勝てなかったのも事実だけどな、と
松崎は遠くを見つめて苦く笑った。
そして「それはともかく」と俺に向き直った。



「ド肝を抜くようなサービスやパワフルなリターンでエースを取りに行く派手なテニスは
本来お前のスタイルじゃないだろう? 正確なショットと判断力で繋いで粘って
出来た好機を逃さないで確実に決める。隙の無い冷静なテニス。
それが山口透のテニスだったんじゃないのか?」



前に松崎から言われたことがあった。
お前のプレイを見ているとつくづくテニスは力や技だけじゃないと思うよ、と。


自分のプレイスタイルを忘れていたわけじゃない。
でも先を急ぐあまり見えなくなっていたかもしれない。



「俺は・・・」
「一球で決めようと思うな・・・試合も人生もな」
「ああ」



この友との出会いに、そして得がたい友を得られた幸運に俺は心から感謝した。
そしてこの友も俺を支えてくれる一人だ。俺が応えるべき期待を抱きながら。



「もちろん今日の試合に勝てればそれに越したことはない。
 勝てる可能性はゼロじゃないからな。でも最悪負けてもランキングは落ちない。
 勝敗に拘りすぎず相手の胸を借りるつもりで
 内容の濃い試合をすることを心がけろ。次に繋がる」

「マツ」

「何だ?」

「厄介なのはバックのストレートだったな」

「ああ、完璧としか言いようの無いタイミングと
 絶妙のコントロールで抜いてくる。油断するな」

「誰に言っている?」



小さく両手を上げた松崎の口元が緩んだ。



「よし。トレーナーを呼んでこよう。
 少し体を解してリラックスした方がいい」

「ああ、頼む」


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