On the way
松崎が出て行ってほどなく、控えめにドアをノックする音がした。
「 Yes. come in. 入って 」
コーチの紹介で去年から専属トレーナーとして付いてくれているミシェルは
祖父が日本人の日系カナダ人。英語やフランス語は言うまでもないが
親日一家で育ったミシェルは日本語もなかなか流暢だ。
今、日本の流行り言葉に関心のある彼はネットでそれらを覚えるたびに
妙なテンションと挨拶で飛び込んできては 俺の反応に一喜一憂している。
今日もてっきりそんな調子で飛び込んでくるかと思いきや
えらく静かに控えめにドアが開いた。
「ミシェル? どうした?」
「・・あの」
ドアへと向けた視線に飛び込んできた意外なシルエットに俺は言葉をなくした。
「!」
「・・・透?」
「はるか!?」
失礼します、と遠慮がちに入ってきたはるかに思わず駆け寄り
その細い肩を掴んで揺さぶった。
「どうして?!」
「ご、ごめん。やっぱり邪魔だった・・・よね?」
「そうじゃない!そういう事じゃなくて・・・どうしてお前が此処にいるんだ?」
「えっと・・・松崎君が」
「マツが、どうした?何をした?」
「あ、あのね。今日の試合は透の正念場だから見ておいた方がいいって電話で・・」
そういう事か、と俺は息を吐いて彼女の肩から手を下ろした。
「本当はね、試合だけ見て透には逢わずに帰るつもりだったの」
「バカ!そんな事をしたら一生恨むぞ」
「同じことを松崎君にも言われたわ。透に恨まれるのはごめんだって」
クスクスと笑い合いながらはるかの頬に触れた俺の手に彼女のそれが重なって
ほぅ、と大きくため息をついた彼女が「久しぶり」と小さく呟いた。
その呟きごと俺は深く彼女を抱きしめた。彼女の腕も同じように俺の背に回った。
互いの存在を確かめ合うような深い抱擁に俺たちは一時、時間を忘れた。