run and hide
今までそんなことしたことなかったくせに、何だっていきなり。
「・・・仕事溜まってるから、私、行く」
つっても唯一の出口であるドアの前にはスーツ姿の正輝がいて通れない。
「そこ、どいて」
「・・・やだね」
は!?私は思わず真正面から見詰める。
正輝は真面目な顔をしてそこに立っていた。昨日あんなにぐでんぐでんだった情けな~い男とは思えない、爽やかで整った外見で。
仕事中の正輝を見るのは久しぶりだ。
胸の奥がちりちり痛んだ。
「メールじゃ話にならない。だから来たんだ」
その断固とした声を聞いて、私はため息をつく。
手放そうと決めてから、いきなり出会う回数が増えるなんて皮肉だわ・・・。しかも、酔っ払ってなくて、凹んでもいない、マトモな時の正輝に会うなんて。
「・・・・私はもう話なんてないんだけど」
やれやれ、と取りあえず椅子に座る。正輝はドアの前に陣取ったままで、口を開いた。
「昨日、俺が何か気に障ることを言ったのか?」
真剣に聞いてくるのが鬱陶しい。あー・・・ジン・トニックが必要だわ、今。それか、タバコ。
手持ち無沙汰な両手を机の上で合わせてトントンとリズムをきざむ。