run and hide
思ったより時間がかかった。
取引先の担当者に挨拶に回るのに、4社目で亀山のお使いも果たし、その時点で夜の7時。
私の性分なのも相手が気さくでお喋りなのもあって、それぞれにそれなりに時間がかかったのだ。
笹山コーポレーションを出て、ビルの下で月を見上げる。
またビル風が髪を巻き上げた。
・・・・うーん。晩ご飯、どうしようかなあ~・・・。
ぐるりとその場で見回せば、飲食店はそれなりに目に入る。だけど心惹かれるお店は一つもなかった。
「―――――いっか、あそこ行こう」
あそこ、とは、いきつけのバー。パスタくらいの軽食は置いてあるし、一人でもあそこなら気楽だ。
正輝の会社から近いので、やつを慰めるときは定番の店になっていた。逃げ回ると決めてからはあまり行けないかも、と悲しく思っていたが、ここは近いし、取り合えず癒しを私は求めている。
よし、そうしようっと。
決めてしまうとすぐにでもあの素敵なジン・トニックが飲みたくて、舌なめずりする勢いでバーに向かって歩き出した。
ジン・トニック。
ジン・トニック。
ああ、早くあのキラキラの薄い金色の液体を流し込み、うっとりとしたい。
店の前で、一応中をチェックする。ドアの隙間から覗き込んで、万が一でも正輝がいたら逃げようと体勢を整えた。
だけど、カウンターとテーブル2つだけの小さな店内は一組のカップルとサラリーマンが2人だけ。
安心してドアのベルを鳴らしながら入る。