run and hide
バーの中は落とした照明。時間は既に終電間際。
グラスの水滴がキラキラ。
私の大切なハニーベージュのストッキング。
昨日正輝から電話があったから、買った新しい口紅。
重ね塗りしてきたマスカラ。
いい香りのするハンドクリーム。
私を見ても気付いてもらえないそれらの素敵な小道具たち。
彼の為に用意した、その小物たち。
・・・あーあ。
私は目を閉じてぼんやりとしながら、足を揺らす。ゆっくりと流れるジャズの音楽に浸っていた。
「・・おーい、翔子?」
正輝の呼びかけにゆっくりと瞳をあけて、彼を見た。
「お見合いしようと思うの」
「―――――え?」
いきなり振られた話題に彼はついていけず、目を瞬かせる。
私は鞄にタバコとライターをしまい、椅子から滑り降りた。
「・・・・もう29歳だし、周りもうるさいし、そろそろ結婚相手を見つけないと。忙しくなるから、もう正輝に会えないと思う」
一気に話した。
「―――――」
顔は酔った赤みのままだったけど、さっきよりは幾分はっきりした瞳で私を見る正輝に手を振った。
「おやすみ。最後まで付き合えなくてごめんね。帰り、気をつけてよ」
私の声が届いたらしく、マスターも出てきた。