run and hide


 バーの中は落とした照明。時間は既に終電間際。

 グラスの水滴がキラキラ。

 私の大切なハニーベージュのストッキング。

 昨日正輝から電話があったから、買った新しい口紅。

 重ね塗りしてきたマスカラ。

 いい香りのするハンドクリーム。

 私を見ても気付いてもらえないそれらの素敵な小道具たち。

 彼の為に用意した、その小物たち。

 ・・・あーあ。

 私は目を閉じてぼんやりとしながら、足を揺らす。ゆっくりと流れるジャズの音楽に浸っていた。

「・・おーい、翔子?」

 正輝の呼びかけにゆっくりと瞳をあけて、彼を見た。

「お見合いしようと思うの」

「―――――え?」

 いきなり振られた話題に彼はついていけず、目を瞬かせる。

 私は鞄にタバコとライターをしまい、椅子から滑り降りた。

「・・・・もう29歳だし、周りもうるさいし、そろそろ結婚相手を見つけないと。忙しくなるから、もう正輝に会えないと思う」

 一気に話した。

「―――――」

 顔は酔った赤みのままだったけど、さっきよりは幾分はっきりした瞳で私を見る正輝に手を振った。

「おやすみ。最後まで付き合えなくてごめんね。帰り、気をつけてよ」

 私の声が届いたらしく、マスターも出てきた。

< 7 / 81 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop