run and hide
ちゃんと話をしたいのに、また言い合いになる。別に母親扱いしたつもりはないが、どうやら失言をかまして翔子をカンカンに怒らせてしまったらしい。綺麗に化粧した瞳に殺意を宿らせて睨まれた時は真剣にびびった。
そしてまた更に失言をしたらしい俺に、今度はがっくりと肩を落として、それはそれは長いため息をついて、それから雨風なんて吹いていないかのように普通のスピードで、翔子は雨の中を歩き出した。
俺は慌てて後を追いかける。
傘を持ってないらしいから、せめて家までは送ろうと思ったんだった。
だけど、この物凄い嵐。
傘なんてさしてる意味はほとんどなかった。歩きにくそうに自分がはいてるヒールを睨みつけながら翔子は隣を歩く。もう俺の事は無視すると固く決めたらしかった。
・・・ああ・・・何でこんなことに。
そして、そろそろ翔子のアパートも見えるかというところになって、少し傾斜のある道では雨水が滝のように流れていて、そこのところで、ついにヒールを滑らせたらしい。
「きゃあ!」
悲鳴をあげて翔子の体が傾く。俺は一瞬遅れて助けようと手を伸ばしたけど、やっぱり遅かった。
それどころか、一緒に転んでしまったのだ。
雨の中。強烈な豪雨の中。翔子と一緒に水溜りに頭から。
持ち物が散らばる中、全てが水に浮かんで雨の粒をはじく。痛いくらいの雨の攻撃を受けて、すぐに全身が水浸しになった。
呆然と二人で座り込んでいた。
翔子は呆気に取られた顔で、俺の顔をみていた。その飾らない化粧の取れた顔をみていたら、ふつふつと腹の底から笑いがこみ上げてきた。