run and hide


「・・・コーヒー、飲んだ?」

 静かな声が聞こえたから振り返ったら、お風呂で赤くなった顔で翔子が台所に入っていくところだった。

 お礼を言って俺も行く。ピザを頼んだことを言うと、パッと笑顔になった。

「・・・助かる。今日お昼もちゃんと取れてなかったから、実は餓死寸前で」

 それはよかった。

 翔子の笑顔を見たのは久しぶりだ。だけど、スッピンの、全く飾らない翔子の顔をみたのは、初めてだった。

 いつもびしっとしたスーツ姿で、営業用に華やかな化粧をしている翔子のスッピンは、3歳くらい若く見えた。

 上気している頬がピンク色で、髪型をかえて柔らかくなった雰囲気を更に強調している。にこにこしていて、見たことない女性と一緒にいるのかと思ったくらいだった。

 肩の力を抜いてこれまで通りに接してくれたのが嬉しかった。だから、調子にのったのも、ある。

 通りすぎた翔子の髪が濡れたままなのを見て、つい、言ってしまったのだ。

「お前ドライヤーしてないの?髪短くしたからって、それじゃあ風邪引くぞ」

 そして、え?と驚く翔子に指図して、ソファーに座らせる。

 いいよ、と遠慮するのを交わして、ドライヤーのスイッチを入れた。

 翔子は諦めたらしく、少し俯き加減で、俺のされるがままになっていた。

 ゆっくりと髪の毛を指で梳く。柔らかい翔子の猫毛は、シャンプーの香りがした。しっとりと絡み付いて、ぱらぱらと舞う。そして驚くほど白い首筋にかかっては跳ねた。

 つい、それをじっと見てしまった。

 背中を丸めて気持ちよさそうに俯く翔子の白い肌。漏れる吐息。撒き散らされる香り。

 ・・・・肩、こんなに細かったんだ。

 いつもは頼れる姉御肌の翔子の勇ましさだけが目に入り、女性として意識したことはなかった。


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