いつかあなたに還るまで
「……暗くなってきたし、帰ろうか」
「…はい…」
サラッと頭を撫でるその仕草に、いつもの自分ならすぐさま顔を染めてドギマギするに違いなのに、何故だか今日は違う意味でドキドキが収まらない。
「さ、どうぞ」
「…ありがとうございます」
助手席のドアを開けて待ってくれている彼の動作は流れるようにスマートなのに、得体の知れない不安は膨れ上がっていくばかり。
「そういえば月末からヨーロッパに出張が入って。しばらくは会えなくなると思うけど…向こうからも連絡するから。お土産もリクエストがあったら考えといて」
「…はい」
今見せてくれている笑顔が振り出しに戻ってしまっていることに彼は気付いているのだろうか。
最後に会ったときは確かに2人の距離が縮まったと思ったのに。
…ううん、絶対にそうだった。
それなのに今の彼は最初の頃と何も変わらない。
とってつけたような笑顔にあのちっとも笑っていない目。
初めて彼を見た時の印象へと逆戻りしてしまった。
…違う。最初よりももっと遠い。
近づいたはずの距離が彼の意志で明らかに引き離されている。
きっとそこには彼を変えた『何か』があるはずで。
けれど絶対にそれに触れることは許されないオーラが溢れていて。
一体どうして…?
…私は彼のことを何も知らない。
___何も。
息も出来ないほど苦しくなってきた胸を必死に押さえながら、志保は泣きそうな顔を隠すように窓の外へと視線を向けた。