いつかあなたに還るまで


どれくらい時間が経過したかもわからなくなった頃、静かな廊下にコツンコツンと異質な音が響いた。導かれるように顔を上げると、志保の目に初めて目にする女性の姿が映る。

それが瑠璃の母親であることは一目瞭然だった。
それほどに、瑠璃の面影が彼女の中にあったから。


「…瑠璃は?」

特段焦るでもなく、むしろ冷静過ぎるほど淡々と職員に尋ねる姿に違和感しかない。
廊下に響いていたのはピンヒールの音で、夜だというのに露出が高いその格好は派手の一言に尽きる。母子家庭であることを考えれば、おそらく夜の仕事で生計を立てているのだろうということは想像がついた。

けれどそれとこれは話は別だ。
愛娘が危険に晒されているというのに、この落ち着き払った態度は何だというのか。


「瑠璃ちゃん、今日戻って来てから元気がなかったんです。面会中に何か変わったことはありませんでしたか?」

真っ先に不手際を謝罪した後、職員が事情説明をする。
だが母親はその質問にあからさまな不快感を示した。

「…どういうことですか? まさか私のせいでこんなことになったとでも?」
「そういうことではありません。ただ事実として気付いたことをお話しているだけで…」

「元はと言えばあなた達の怠慢が招いたことでしょう! それをこともあろうに人のせいにするなんて酷いんじゃないですか?!」
「いえ、ですから…!」

今いる場所がロビーだとはいえ、ここは病院だ。静まり返った中でヒステリックに叫べば、その声は上階の病室にまでも聞こえてしまうだろう。
だがそんなことはお構いなしに母親の怒りは収まらない。

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