いつかあなたに還るまで
カタン…
扉を開けた瞬間鼻孔をくすぐった香りに、それまでガチガチに凝り固まっていた体からほっと力が抜けていく。
「お邪魔します…」
シーンと静まり返った部屋からは何の返事もないが、志保は軽く会釈をしながらゆっくりと足を踏み入れた。
『 俺がいない間好きに使っていいから 』
そう言って空港で手渡されたのは隼人の住むマンションの鍵だった。
まさかそんなことを言われるとは夢にも思っていなかった志保は驚き唖然としたが、それも想定済みだと言わんばかりに笑いながら隼人は志保の手に鍵を握らせた。上から自分の手で包み込むようにして、強く。
『 寂しくなったとき、いつでも来ていいよ 』
悪戯っぽい笑みを浮かべながらそう言われたのがまるで昨日のことのようだ。
主のいない間に家に入るなんて…と結局それが使われることはなかったが、病院からの帰り道、志保の足は迷うことなくここへと向かっていた。
そうして実際に部屋に入ってみて何故彼があんなことを言ったかがわかった。
ただ彼の存在を感じられるというだけで、こんなにも心が満たされるのかと。
この場にいないという寂しさがないわけじゃない。
それでも、さっきまで不安で押し潰されそうだった心が驚くほどに凪いでいくのを肌で感じていた。
「隼人さん…」
ゆっくりと部屋の中を進むと、やがて志保はベッドの上にこてんとその体を横たえた。