いつかあなたに還るまで
「ただいま帰りました」
邸に帰ってきた志保が真っ先に向かったのは、祖父、昌臣の元。
自室にいた昌臣は振り返って孫の姿をその目に映すと、特別大きく表情を変化させることもなく、ただ静かに目を細めて頷いた。
「…お帰り。向こうでの生活はどうじゃった」
「はい。おかげさまでとても充実した時間を過ごすことができました。たくさんの我儘を聞いてくださり、本当にありがとうございました」
深々と頭を下げる孫の姿は、最後に見た時よりも一回りも二回りも大きくなったように見える。
「…お前はてっきり嫌がるとばかり思っておったがな」
「…え?」
顔を上げた志保に、近くのソファーに腰を下ろした昌臣が窺うような視線を向ける。
「これまで見合いの話を出す度に嫌だ嫌だと騒いでおったじゃろ。いつだったかは家出までしたお前が、こうもあっさり承諾するとはこっちが拍子抜けしたぞ」
一瞬何を言われたのかわからずにきょとんと目を丸くする。
その話を持ち出したのは他でもない自分だというのに何を今さら。
思ってもみなかった昌臣の言葉に、なんだかおかしくなって笑ってしまった。
___祖父は祖父なりに、自分の幸せを願ってくれているのだと。
「五年前の私ならそうしたかもしれません。でも今の私は過去の私とは違います。自分なりに色んな経験をして、色んな人達と出会って。少しくらいは成長できたかなって。私も二十代を折り返して、いつまでも我儘ばかり言っていられない。どんな形であれこの西園寺の人間として、ちゃんと前を見て生きていかなきゃって思ったんです」
志保がこんなに口数多く話すのは初めてのことで、さすがの昌臣も驚きを隠せないでいる。いつだって俯きがちだった姿は、今はどこにも見当たらない。