いつかあなたに還るまで
「…いえ、私の両親は仕事で忙しい人達でしたから。小さい頃にあちらこちらに出掛けた記憶はほとんどないですね」
そう言って微笑んだ隼人の顔はもういつものそれに戻っていた。
だが相変わらず目だけは笑っていない。
本人がそれに気付いているのかはわからないが、志保には確信があった。
彼が心の底から笑ってなどいないということに。
「それより、霧島さんは固すぎじゃないですか?隼人でいいですよ」
「えっ?」
「名前です。隼人って呼んでください」
ニコッと笑う顔に志保の頬が思わず赤く染まる。
やはり彼は相当女性の扱いに慣れている。一瞬でスイッチの切替ができて、どうすれば女性がドキッとするのかを心得ているのがよくわかる。それは全くの初心者である志保ですらそう思うほどに。
でも何だろう。それだけじゃない気がする。
彼は話を逸らしたくてわざとそんなことを言って自分を動揺させたのではないか、直感だがそう思えた。
…自分と同じように。
「お気持ちだけいただいておきます。まだ会って間もないですし、やはり霧島さんでお願いします」
「そうですか。では志保さんのお好きなようにどうぞ」
そう言って再び妖艶な笑みを見せた隼人を、志保も笑いながらずっと観察するように見つめていた。