いつかあなたに還るまで
俯きがちになるのに比例して声がどんどん小さくなっていく。
覗き込むようにして腰を屈めた隼人の耳に、
「だから逃げ出したんです…」
蚊の鳴くような声が聞こえたのはその直後のことだった。
「……え?」
ガバッと上げた志保の顔がみるみる赤く染まっていく。
心なしか涙目に見えるのはきっと気のせいなんかじゃない。
「…生まれて初めて家を出たんです。出たって言っても何のあてもなく、ただ大学から真っ直ぐに家に帰らなかっただけのことなんですけど…。それでも、言われたことに従わずに反抗したのはあれが初めてのことでした」
「…」
「…呆れましたか? 我慢のきかない我儘な女だって」
びくびく怯える様子はまるで先生に怒られている子どものようだ。
そんな姿を見ているうちに、やがて耐えられなくなった隼人がプッと吹き出した。志保は志保で何故そのようなことになっているのかわからずにキョトンとしている。
「呆れるって…どんな我儘かと思ったらそんな可愛いことですか」
「か、可愛い?」