いつかあなたに還るまで
「何かあったのですか? もしかして嫌なことでも…」
「ち、違うのっ! 何もされてなんかないの。むしろうんと優しくしてもらってるくらいで…」
必死で庇おうとしているのとは対照的に、その表情は晴れない。
宮間はそのまま俯いてしまった志保の頭を見下ろしながら、テーブルに布巾を置くと静かにその隣へと腰を下ろした。ハッとしたように志保がこちらを仰ぎ見る。
「何か心に留まることがあるのですね」
「……」
無言は肯定の証。
じっと言葉を待つ宮間に耐えられなくなった志保は、それから逃れるように膝の上で握りしめたままのハンカチへと視線を落とした。
「…私、彼のことを何も知らないの」
「…え?」
「霧島さんがどんな人なのか、どんな人生を歩んできたのか。私は、何も…」
それっきり黙り込んでしまった志保の指先が微かに震えているのがわかる。宮間はそんな志保の手に自分の手のひらを重ねると、まるで鼓舞するようにギュッと握りしめた。