音楽が聴こえる
悟は、自宅を手放す必要は無い、って言ってくれてたけど。

父は決して首を縦には振らなかった。

「こんなボロ家売ったって二束三文しかならねぇよ」と悟が罵れば「それでも足し位にはなるだろうが、クソ坊主」と返す父。

次第にエキサイトしていって、馬鹿、阿呆、女たらし、好き者、成金、貧乏人って暫く罵詈雑言を浴びせ合う。


でも、最後には笑い合って。



「『頼むな』って聞こえたんだよね、パパがさぁ……」


その時は店のことだと思ってたけど。

今になってみれば父が心配して頼んだのは、店なんかじゃなくて、独りになってしまうあたしのことだったんじゃないか、と。

今となっては確める術も無い。


「茉奈ちゃん」

「就職にしたってさ。あたしは仕事なんて何したって食べて行けるって考えてたけど、パパは堅実な仕事を望んで、珍しくうるさかった。……例え、独りでも生きていけるようにって思ってたのかもね」
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