音楽が聴こえる
あたしのために。

あのライヴハウスの持ち主は、あたしの父だったからだ。


悟のマンションまでの夜道、いつものようにぼんやりと見える月を眺めながら歩く。

途中のコンビニに寄って、ビールをワンパック購入した。

彼の家の冷蔵庫は、水以外何も入っていないことも多い。

たまに買い物に連れ出さないと、食料が米とカビたパンだけになるし。


マンションまでたどり着くと、オートロックを解除した。エントランスに足を踏み入れて、あたしは立ちすくむ。

……無駄に豪華なこのつくり。

公共部分の壁にどでかい風景画なんて、普通無いっしょ。

エレベータを待つ間、大理石の天使の置物をナデナデしてみる。

スベスベしていて、いつ見ても可愛い。

チンと遠慮がちに鳴ったエレベータに、そっと乗り込み最上階のボタンを押した。


悟の部屋はシンプルで広い。

家具も最低限だし、収納棚も隙間が多い。

元々物欲の少ないタイプなのかも。

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