音楽が聴こえる
香田は来た時と同じ様、静かに椅子から立ち上がった。

「高城君、戸締まり確めてから鍵を返しておいてね」

謙二は苦笑を浮かべて頷く。

「お疲れ様」とだけ言うと、香田は出ていった。


俺が小さく息を吐くと、隣に居た謙二は何故か俺の肩を叩いた。

「んだよ、痛てーな」

「顔がガッカリしてたから激励のつもり」

謙二は俺にしか聞こえねーような声で囁いてから、ベースを片付け始めた。

「っとに、お前いつもそんな言い方すんのな。勘繰り過ぎだっつーの」

謙二はベースをケースに入れ、俺の方をチラと見る。

「自覚無いって凄いね」

「何が」

「ジュンの今の原動力。……オーディションよりも香田先生に認められたいって思ってるだろ?」

謙二の台詞に俺もギターを外しながら、ヘラリと笑う。

「……謙二君よー。あいつ独りに認められたって何の役にも立たねぇし。審査員様は別なんだからよ」

コードを巻き取る手は、止めること無く動く。

「でもよー、一曲目で帰っちまうような客、振り向かせたいじゃねぇ?」

そう、多分。俺はそれに拘ってんだ。

「そ……こと…………くか」

謙二の呟きは、小さくて良く聴こえなかったが、俺は気にしなかった。

それよりも明日、確実に来て貰えるようにもう一度粘ってみるか、なんて俺らしくもないことを考えていた。

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