音楽が聴こえる
だから昔々父が教えてくれた言葉を、そのまま山路へ伝えた。

『バンド内で切磋琢磨するのは結構なことだけど、センターに立ってるのは敵じゃない。ギターがあって歌が活きる、歌があるからギターが響くんだよ』


その時の山路は、はにかむ様に笑った。

あたしの言っている意味が分かったんだ。


同じバンドの中で、どうしても皆の目が斉賀に向いてしまうことに対する対抗心。

斉賀がヴォーカルである以外に、彼の中の人を惹きつける才能に対する嫉妬心。

そんなものに囚われ無くていいってことに。

それぞれが唯一無二の音であれば良い。

それが仲間ってものだから。




『SPLASH』が3曲目に差し掛かった頃、あたしは隣りにいる人の気配に気が付いた。

その人はいつの間にか、椅子に座るあたしと並び壁に寄りかかるように立っている。

薄暗い中でもサングラスを掛けている姿がチラリと横を見た瞬間、視界に入った。

その不自然さにハッとして、もう一度目をくれると、隣りの人の首は斉賀達ではなく、あたしの方を向いている。

そしてその唇がゆっくりと噛み締めるように動いた。

「マアコ」

彼等の音に掻き消されながらも、あたしの耳にははっきりと聞こえた。

あたしをそう呼ぶのはこの世界で、ただひとり。

「……シュウ」


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