音楽が聴こえる
謙二はいつまでたっても手を出さない俺の胸元へ、その分厚い文庫本を押し付けてきた。

奇しくも、香田がグーで押したところと同じ場所だった。


「……何かって何だよ」

俺の言葉に謙二は「さあ?」と小首を傾げた。

奴は、俺よりタッパもあるくせに、どこか可愛く見えるような仕草をしやがる。

まるで、女心を捉えるような、って。


……今。何、考えたよ、俺。


自分の思考の巡り方に、ゾッと寒気がした。

妖怪辞典読むより寒みーや。


「もうっ、無断口叩いてねーで、早く片付けよーぜぇ」

山路が、いつまでたっても片付けに参加しない俺らに向けて、声を張り上げた。

「ごめん」

「……やりゃーいいんだろ」

俺は本を受け取って、自分のギターと一緒に机に置いた。そして、ギターとアンプを繋いでいたコードを巻き取る作業に、取り掛かった。


……帰りは薬局に寄ろうと、考えながら。

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