White Magic ~俺様ドクターの魔法~
私はいつものように8人掛けのテーブルに、いろんな部署の人たちと座っていた。
左隣には中川副師長、向かいには検査技師さんと田中さんがいた。
職員食堂側のテーブルでは、看護部が陣取っていたが、気にすることなく、そのグループに背を向けて座っていた。
私たちは、院内旅行の話をしていた。
どこに行きたいだの盛り上がっていたその時、食堂のドアが乱暴に開けられたので、一瞬にして食堂中が静まり返った。
私が顔を上げ、ドアの方に目をやろうとした時、向かいに座っている上野山さんが呟いた声に体が硬直してしまった。
「シュン」
確かに、彼はそう言った。
静まり返る食堂の中、ある人物の足音だけが聞こえていた。
私はというと、その足音を背中に受けて、顔を上げることができなくなっていた。
どんどん近づく足音に私の胸は、異常な速さで鼓動しているのがわかる。
私に向かってきていると思うのは、うぬぼれかもしれない。
それでも、目を閉じて、手足には自然に力が入る、震えているのではないかと思うくらい動揺していた。
でも、周りのみんなは気付いていないはず。
みんな、ここに来るはずもない人物に目を奪われているだろうから。
「瞬、どうした?」
向かいから上野山さんの声が聞こえる。
しかし、足音の主は、口を開かない。
鋭い視線が痛いくらいに頭頂部に刺さっている。
しばらくの沈黙の後、ようやく彼は口を開いた。
「睦美、お前、なに男のところに行ってるんじゃ―――!!」
怒鳴るように言い放った声に、私は思わず顔を上げて振り返り、彼の顔を見た。
彼の表情は、言葉とは裏腹に、とても優しいものだった。
・・・・・・あれ?
私の聞き間違い??
いや、そんなはずがない。
「まぁ、それは俺が悪いから許してやる」
彼の話は続いた。私は言葉を発することができずに、ただ彼を見つめていた。
「俺さ、3ヶ月したらアメリカに行くことにした。向こうに行ったら、2年は帰って来れない」
この人、何を言ってるの?みんないますよ?
「睦美・・・・・・俺が帰ってくるまで待ってろ!!」
そう言う彼の表情は真剣で、その瞳に吸い込まれてしまいそうだった。
周りがどうとか、そんなことは気にならなくなっていた。
いや、周りなんてお互い見えてなかった。
みるみるうちに私の目からは熱いものが溢れ出しそうになっていた。
「仕事が嫌になったり、俺に会いたくなったら、いつでも来たらいい」
いたずらっぽい笑顔で言ってくれた言葉は、私の居場所を作ってくれた。
「それで・・・・・・日本に帰ってきたら・・・・・・結婚しよう」
この言葉は、弱っている私には、最強の凶器となった。
もう止まることのない涙は、、ストッパーが効かなくなり、流れ続けた。
そのことは、お構いなしに、彼はこんなことを言うんだ。
「睦美、返事は?」
まるで「Yes or Yes」と聞いているようだ。
私の目を見つめながら・・・・・・。
私の心を奪いながら・・・・・・。
「はい」
私はそう答えるしかない。
「よろしい」
そう言って、彼は食堂を後にした。
その白衣姿の背中をじっと見つめていた。
流れていた涙はいつしか出るのを諦めるように止まった。