甘いヒミツは恋の罠
「待って! 待ってください」


 階段を下りた踊り場で朝比奈の姿を見つけ、紅美は慌てて声を掛けて走り寄った。


「なんだよ、この廊下響くからあんまりでかい声出すなって」


「あの、総務部に異動って……どいうことですか?」


「適材適所って言うだろ? ただそれだけのことだ。あいつはデザインする創作能力よりも事務職に向いている。うちの会社で使うとしたら、総務部が適していると判断した……けど、お前はあいつにそれでもデザイナーとしてやっていって欲しいって思ってるんだろ?」


 それは図星だった。紅美は朝比奈に自分の心を読まれたような気がして押し黙った。


「まぁ、総務部に異動っていうのは沢田の提案なんだけどな」


「え……? 沢田さんの提案って?」


「お前が北野を追いかけて行った後、すぐに沢田を呼んで事情を話した。あいつは元々、北野にデザインの才能がないことはわかっていたし、総務部へ異動することを本人にも勧めていた。あいつをずっと見ていたが……デザインをするという北野の好きな仕事をやらせてやりたい反面、技量が追いつかずに悩む北野を見かねて俺が沢田と相談して決めた。独断ではないことは先に言っておくぞ」


(そう、だったんだ……)


 結衣を本店から追いやるつもりで総務部に異動させるのでは、という紅美の不安は杞憂だったようだ。
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