短編集
「啓太くん……」
二人の距離は10メートル程。
それでも彼の名を呼ぶ小さな声は、ちゃんと届いた。
啓太くんが立ち上がる。
夕陽をバックにゆっくり振り向き、私に向けて歩いてきた。
高校の制服姿を見るのは初めて。
ネクタイとブレザー姿が、大人っぽく見えた。
「夢、久しぶり」
私の前に立ち、彼は照れたような笑顔を見せた。
言葉を失っている私の手には、白いチョークが握らされた。
もう分かっている。
あの黒板でメッセージ交換していた男の子が、啓太くんだったということを。
「そんなの……ずるいよ……」
久しぶりの啓太くん。
会いたくて堪らなかった彼に、そんな言葉しか言えなかった。