短編集
昨日の黒板に書いてあった“夢に言いたいこと”とは、
とても嬉しい言葉だった。
お互いに片想いだと思って来たけど、本当はずっと両想いだったみたい。
胸はドキドキ、苦しいくらいに大きく速く鳴りつづけていた。
喜びと恥ずかしさで、また無言になってしまう。
啓太くんも同じ。
黙って夕焼け空を見ているだけだった。
近くの線路を電車が数本通過してから、彼がやっと口を開いた。
「キス、してもいい?」
「え、ええっ!?」
驚き過ぎる私を見て、彼が慌てた。
「ごめん、まだ早いよな!
俺、何言ってんだろ!
じゃあ、ギュッと抱きしめるだけに……」
「えええっ!?」
「わっ!これもダメか!
手を繋ぐのは?」
「い、いいよ」
夕陽は山の稜線を赤く染め、もうすぐ隠れてしまいそうだった。
啓太くんと手を繋ぎ、団地を後にする。
敷地から出て後ろを振り向く私に、啓太くんが聞く。
「淋しいか?」
その言葉に、首を横に振った。
もう大丈夫。
団地が壊されても、私の心からは消えたりしないと分かったから。
それにこれからは、啓太くんと新しい想い出を作っていける。
もう、黒板もメッセージも必要ない。
顔を見て言葉を交わし、こうやって手を繋ぐこともできる。
顔を見合わせ、同時に笑った。
前を向いて歩き出す。
二人の影が、長く後ろに伸びていた。
【終わり】