冷たい上司の温め方
やっと追いついたと思ったら、楠さんが妙なことを言いだした。
「自分の人生を正当化したいだけなんだろうな」
どういう、意味?
彼は歩くスピードを緩めることも、私に視線を合わせることもしない。
まるでひとり言のようだったけれど、彼が本音をやっと口にしたような気がしてうれしかった。
「私だって必死です。早くシモベを卒業したいし」
彼の言葉の真意はわからないけれど、これ以上は聞かない方がいい気がした。
「それは無理な話だ」
「なんで!」
クククと声をあげて笑う楠さんの姿は貴重だ。
「シモベ。明日遅刻するなよ」
「はい、頑張ります。お休みなさい」
エントランスまで送ってくれた楠さんに頭を下げると、彼はやっと私に視線を合わせた。
「お前のおかげで、頑張れそうだ」
「はっ?」
「それじゃ」
今、『お前のおかげで』って聞こえた気がするんだけど……。
あの楠さんにそんなことを言われるなんて、思ってもみなかった。