冷たい上司の温め方

あの店に入ってから、一時間半ほど経つ。
その間、ずっと待ってたの?

だけど、楠さんの顔を見て緊張が緩んだのか、無性に泣きたくなって顔をそむけた。


「麻田。お前、なにかあったのか?」

「いえ。大丈夫です」


触られて、たまらなく嫌だった。
でも……あれくらい我慢だ。


「本当か?」


楠さんは私の腕をつかんで、顔を覗き込んでくる。


「本当、です。それより……」


仕事の報告をしなくちゃ。


「常務、洗濯機の新しい機能について話していました。
しかも、それは他社から発売されると……」


大きな情報をつかんだつもりだった。
だけど、楠さんは微動だにせず、私を見つめている。


「楠、さん?」

「……よく、やった」


彼の目が泳ぐ。
どうして? もっと喜んでよ。


「今日は送る」


楠さんは言葉少なげに、私をタクシーに押し込んだ。
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