冷たい上司の温め方

がっちり腕をつかまれて動けなくなってしまった私は、うつむいて涙を我慢する。


「麻田」


どうしてそんなに優しい声で私を呼ぶの?


「楠さんのバカ」


もうこれ以上、泣かずにいられる自信がない。

彼の手を振りほどいて、部屋を出ようとした。
でも、それができなかったのは……彼に抱き寄せられたからだ。


「麻田」

「バカ……」


その気がないなら優しくしないで。

だけど、彼の腕の中があまりに温かくて、我慢していた涙が溢れだしてくる。


「麻田、俺……」


彼の鼓動が速い。
私と、同じように。

彼はそれからなにも言わなかった。
ただ、私の背中に回した手に力を込めただけだ。

抱きしめられたりしたら、勘違いするじゃない。
私の気持ちに気づいた彼の、ただの優しさなら、残酷だ。

< 339 / 457 >

この作品をシェア

pagetop