冷たい上司の温め方

「待ちなさい。麻田さん、あなた……なに考えてるの?」

「いえ。なにも。
ちょっとヒーローぶってみたかっただけですよ。
今度は手伝いに来ますね」


私は無理矢理笑顔を作って、部屋を出た。


会社を出るといつもとは違う路線の電車に乗った。

今日はスカートを履いてきた。
駅のトイレで化粧も直した。

あとは、勇気、だけだ。


先週行ったばかりの小料理屋の前に立った私は、大きく深呼吸してから引き戸に手をかけた。


「いらっしゃいませ」

「こんばんは」


懸命に作った笑顔は、ぎこちなくはなかっただろうか。

もう来店していた林常務が私を覚えていたようで、「おぉ、君か。こっちにおいで」と誘う。

私は反吐が出そうなのを我慢して、隣に座った。
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