冷たい上司の温め方

それ以降口を開かない楠さんに、私もなにも言えなかった。

タクシーが彼のマンションに到着すると、私も降りるように急かされる。
もうここには来るまいと思っていたのに。

仕方なく後に続き部屋に入ると、「まったくお前は……」と靴を脱ぐ間もなく、私に背を向けたままの楠さんがつぶやいた。


「どれだけ心配したと、思ってるんだ」


狭い玄関で振り向いた彼は、唇を噛みしめたまま私を見つめる。


「ごめんなさい」


ポロッと涙がこぼれた。
本当は泣きたいほど怖かったのだ。


「麻田……」


彼の切な気な声が聞こえた瞬間、壊れそうなほど強く抱き寄せられる。

どうして、抱きしめたりするの?

あなたのために体を張ったから、申し訳なくて?

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