冷たい上司の温め方


一瞬ひるんだ楠さんの手を振り払って、マンションをあとにした。

それから彼は追いかけてこなかった。
かろうじて持ち出したバッグの中のスマホも、震えることはない。


高ぶった気持ちを落ち着けるために、タクシーを捕まえることなくそのまま歩いた。


どうして……なの?
どうして、キスしようなんて……。

楠さんの行為は、かえって私を傷つけただけだ。


車のライトが涙でにじむ。

私、こんなに泣き虫だったっけ?
楠さんと出会ってから、泣いてばかりだ。


だけど、本気で恋をしている証なのかも――。

その恋も、実りそうにはないけれど。

< 363 / 457 >

この作品をシェア

pagetop