冷たい上司の温め方
一瞬ひるんだ楠さんの手を振り払って、マンションをあとにした。
それから彼は追いかけてこなかった。
かろうじて持ち出したバッグの中のスマホも、震えることはない。
高ぶった気持ちを落ち着けるために、タクシーを捕まえることなくそのまま歩いた。
どうして……なの?
どうして、キスしようなんて……。
楠さんの行為は、かえって私を傷つけただけだ。
車のライトが涙でにじむ。
私、こんなに泣き虫だったっけ?
楠さんと出会ってから、泣いてばかりだ。
だけど、本気で恋をしている証なのかも――。
その恋も、実りそうにはないけれど。