幸福な夢から醒めても
◆◇◆◇
王女という名の籠の鳥
マール王国、リリタルカルファー領。緑美しく水清きこの地は、古くより絹を織り石炭を産出し果樹を実らせて繁栄を築いてきた。この広大な領地を1人で治めている女領主がいる。エレオノ―ラ・アウローラ。彼女は美しく聡明で、領民の誰もに愛され敬服されていた。
「ああいやだいやだ」
その彼女がひどくうなだれている。
「ああやっぱり嫌だわこの結婚。ミミ、やっぱり国書を返還してなかった事にしようそうしよう」
「今さら無理ですよエレオノ―ラ様」
侍女のミミは苦い顔をしてエレオノ―ラの髪を梳かし、口を動かす。
「大体最初にこの結婚に乗り気だったのはどなたです?私はやっぱり愛より名誉がいい!愛はおやつだ名声が欲しいなどとほざかれたのは」
「ほざっ……!いや確かに言ったけれどもね。れは一時のテンションっていうかなんというか。それにあっちにも私の肖像画送りつけただけでしょ。いわば初対面な訳で気にいってくれるのかどうか」
「何をぐだぐだ抜かしてるんです。気に入らないはずがないでしょう」
ミミは黒髪をさらりと揺らし、きつい調子で言ってのけた。
「この黄金の鏡台に映っている、世にも美しい御方はどなたです?光の糸のようにまばゆい金の髪、美しく深い藍の瞳。金の髪は波打って腰まで届き、白磁のような肌に埋め込まれた藍の瞳は、見る者全てに畏敬の念を払わせます。こんな美女を頂かない男がいたら私は箒の角で頭を強打してやりますよ。ついでにすねも念入りに」
「そこまでしてくれなくてもいいけど……」
エレオノ―ラはふうと息をついて、あたり
を見渡した。金塗りの床に、宗教画の描かれた天井。壁は一面鏡となっており、そこにはたくさんの侍女にかしずかれる真紅のドレスを纏った自分が映っている。
「しかしこの私がとうとう結婚するのか……苦節17年……まさかそんな物好きがいるとは思わなんだけど……」
エレオノ―ラはしみじみと語った後、
「あー!!いや!やっぱりいや!名誉のためとはいえあんな子豚さんと結婚出来ない」
「しかしもうその子豚さんがいらしたようですよ」
「えっ」
その時、天まで届くかと言う程に高らかならっぱの音が響いた。続いて百合の紋章を金糸で縫いつけた純白の旗が振りかざされ、歩兵と騎兵隊が厳めしい顔つきで闊歩して来た。それらに守られているのがフリアンセーヌ王国フェリス公だ。このエレオノ―ラが結婚する男である。
「うわあ……本当に来てしまったよ……」
「冗談かと思ってたんですか?」
小窓から下を見、頭を抱えたエレオノ―ラをミミがせせら笑う。
「全く……いつまでも子供のようにダダをこねてないで、ちったあお考え下さいまし。この婚儀は我がリリタルカルファーにとって有益な事だらけですわ。フリアンセーヌの長い歴史はリリタルカルファーの地に大いなる名誉をもたらします。それにあちらは穀物も豊かで万一こちらで飢饉が起きても無償で輸出して下さるってほら国書にも」
「どれどれ。あ、本当だ」
ミミがうやうやしく捧げたのは国書のメモである。そこにはこたびの婚儀によりマール王国、及びリリタルカルファーの地に大いなる名誉が天より下されるであろう事、敵国に攻められた際はこれを防ぎ、飢饉の時にはふんだんに穀物を輸出するとの有りがたい仰せが、長々と書かれてあった。
「それに!」
ミミはさらに強い口調で続ける。
「名誉こそ我が主君エレオノ―ラ様が最も重視してきたもの。そうでございません?」
「そりゃそうだけど……」
エレオノ―ラはドレスの腰紐を結わえにかかったミミを見つめた。
「何で独身の姉上達を差し置いて私なの?」
「そ・れ・は!しょうがありません!正直申し上げて、御姉妹の内エレオノ―ラ様が最もお美しく聡明にお生まれになったのですもの」
「おおいやだいやだ」
「まあ、とっとと諦めてダンスの練習でもなさることですね。エレオノ―ラ様はワルツのステップが苦手でいらっしゃるから」
立ちあがったエレオノ―ラに、ミミがふふと笑みをこぼした。
その夜――。
「あー疲れたー!!」
巨大な天蓋つきのベッドに横たわると、エレオノ―ラはすぐにこうわめいた。お付きのミミがメイド服の裾をはらい、渋面で叱責する。
「エレオノ―ラ様。そんなお口をきいてはなりません。いくら生まれながらに王都から遠く離れた離宮で育てられたからといって、そのような奔放なおふるまいはお慎み下さいませ。それに貴女はもうじきフリアンセーヌ王国の王妃様となられるのですから」
「あーそうねそうだったね。ああいやだいやだ。私はあの花の匂い立つ離宮で暮らしているだけで十分だったのに……ああ、あの離宮の美しかったこと!小さな愛らしい宮殿に四季折々の花が咲き誇り、城の近衛兵がこっそり遠乗りに連れ出してくれた事もあった。何より監視の目がざるで、私はいつでも街の方に降りてゆけた……!それなのに!急に呼びつけられて女公爵にされて、その上結婚だなんて!ああやっぱり無理!ガッデム!」
「今日のオペラはいかがでしたの?」
「イゾルデがかわいそうだったよ」
エレオノ―ラは沈鬱そうに目を伏せた。それへとミミは優しく微笑みかける。
「確かに、エレオノ―ラ様が急きょここの領主に任ぜられその上ご結婚させられる事はおいたわしく思いますわ。本来なら御姉上様の、ノーリエンヌ様やアナスティア様がなされるべきお仕事……しかし、これもさだめでございます。マール王国第3王女としてお生まれになった貴女の……」
ミミはそう言って口を閉じる。エレオノ―ラはベッドで寝転びながらずっと考えに耽っていた。オペラで同じボックス席に座った、これから生涯を共にしていくあの男!目は小さいし鼻は低いし口元は汚らしい。よだれが常に縦横無尽に飛び交っているような話しぶりも頂けない。その上話す事はと言えば、
「朕の可愛いシャトンがね」
それが愛人の隠語くらいエレオノ―ラにだって分かる。顔で判断はしたくないのだがあのふるまいは許せない。あんな奴と生涯を共にしていくのか――エレオノ―ラは絶望のあまり、ふらふらと立ちあがって格子窓へ身を寄せた。すると眼下の林の奥から、楽しげな音楽の音色が聞こえてきた。リープやハープなどの、王宮の雅な音楽とは正反対の、あの浮かれ騒ぐような音楽!
「もしや領民達のダンスパーティ?私も行ってみたい!」
「駄目ですエレオノ―ラ様」
窓から身を乗り出したエレオノ―ラを、ミミが必死に喰いとめた。
「いけませんエレオノ―ラ様。さあ今日はお疲れでしょう。早くお休みになって。明日は結婚式ですのよ」
「えー」
ぶうと口を尖らせるエレオノ―ラを、ミミは呆れた目つきで眺めた。
「では、おやすみなさいまし」
ふっと、燭台の灯りが消された。天井の天使達は一気に掻き消え、エレオノ―ラの視界には暗闇ばかりが眠っている。
(本当に、これがさだめなんだろうか……)
エレオノ―ラは眠い頭で考えた。
(姉上達の生贄として、このままあの豚男に嫁がされる事が?)
そうまで思い至った時、エレオノ―ラはもう立ちあがっていた。そうっと部屋の奥を見る。見張りの衛兵は立ったまま眠っている。チャンスだ。エレオノ―ラはすばやく着がえ、バルコニーから木を伝い1階まで降りた。そうして林に紛れて鉄門の端まで出、細い体で巧みに外に這い出た。
「出たー!!!」
エレオノ―ラは歓声を上げた。門から出て見上げる景色は格別である。煌めくようなランプの街に、辻馬車がせわしく走っている。
「うふふ……さてどうしようか。ケンスの泉にでも行ってみようか」
そう言うとエレオノ―ラは街に向かって勢いよく走りだした。
辿りついたケンスの泉は夜目にもつやつやした水面が美しかった。
(ここで願い事をすると叶うというけど……)
民の噂を聞き及んでいたエレオノ―ラは、すぐさまそれを実行した。
(自由になりたい自由になりたい自由になりたい後姉上を一発殴りたいそんでもってミミにもう少し優しくなって欲しい)
こんな夜更けに、ケンスの泉に来る連中などほとんどいない。だがエレオノ―ラはそこで声をかけられた。
「おお、なんと美しいお嬢さん」
振り返ると男3人、並んでにやにやしていた。どれも皆ひげ面で、太った腹をぼりぼり掻いていた。
「何か御用かな?」
「いえ、ただワルツを踊って頂きたくて。我々は美人と踊る事が名誉なのです。お嫌でなければ一曲……」
(それが領民の願いなら……)
そう言って差し出された手に、手をゆだねたのが間違いだった。
「あっ」
男達はあっという間にエレオノ―ラの手首を掴み、そのブレスレットを外してしまった。
「わはは世間知らずの女で助かったぜ~!」
「待てー!!」
無論そんな言葉など聞かず、男達はにこやかに走り去っていく。
「待ってくれそれは王家に伝わる大切なカメオのブレスレットで……!」
その時、街の角から男が1人出て、3人の男達に向かっていったのが見えた。そしてどんと男達にぶつかると、
「これは頂いた」
にやりとブレスレットを右手に吊り上げた。
「あー!お前それは俺らの!」
「ふん、取ったもん勝ちだ」
「なんだとこんちくしょう!」
3人の男達は怒り心頭で男に襲いかかるが、たくみに避けられ逆に蹴りを入れられてしまう。
「うぐ……」
男達が地に臥したのを見届けると、男はにやにやしたままエレオノ―ラの脇を過ぎ去っった。
「もらっとくぜ。世間知らずのお嬢ちゃん」
「っておいいい!違うだろ!そこは私に優しく返すところだろう!」
男は不敵な笑みを絶やさないでこう返す。
「俺は盗賊なんでね。あんたも盗賊から物が欲しけりゃ、奪ってみるんだな」
わははーと男の後ろ姿から哄笑が聞こえた。途端、エレオノ―ラは蚤色のドレスをたくしあげ、駆けだして男の背を蹴りあげた。
「いってええええええ」
「今だ!頂き!」
「なーんちゃって」
男はへらへらしたままブレスレットを指にかけ回している。それにエレオノ―ラはかんかんになって喰ってかかる。
「返せこのぬすっとめ!!」
「ほら、悔しかったら奪ってみせろよ」
そのまましばらく取り合いが続いたが、男が、
「俺はこれからエールハウスってとこに飲みに行く。きったねえ所だが、あんたも来るか」
キラン。その一瞬、ブレスレットが街燈を受けてまばゆく光った。エレオノ―ラはたまらず叫ぶ。
「行く!行くぞそれは私のなんだからな!」
「ああいやだいやだ」
その彼女がひどくうなだれている。
「ああやっぱり嫌だわこの結婚。ミミ、やっぱり国書を返還してなかった事にしようそうしよう」
「今さら無理ですよエレオノ―ラ様」
侍女のミミは苦い顔をしてエレオノ―ラの髪を梳かし、口を動かす。
「大体最初にこの結婚に乗り気だったのはどなたです?私はやっぱり愛より名誉がいい!愛はおやつだ名声が欲しいなどとほざかれたのは」
「ほざっ……!いや確かに言ったけれどもね。れは一時のテンションっていうかなんというか。それにあっちにも私の肖像画送りつけただけでしょ。いわば初対面な訳で気にいってくれるのかどうか」
「何をぐだぐだ抜かしてるんです。気に入らないはずがないでしょう」
ミミは黒髪をさらりと揺らし、きつい調子で言ってのけた。
「この黄金の鏡台に映っている、世にも美しい御方はどなたです?光の糸のようにまばゆい金の髪、美しく深い藍の瞳。金の髪は波打って腰まで届き、白磁のような肌に埋め込まれた藍の瞳は、見る者全てに畏敬の念を払わせます。こんな美女を頂かない男がいたら私は箒の角で頭を強打してやりますよ。ついでにすねも念入りに」
「そこまでしてくれなくてもいいけど……」
エレオノ―ラはふうと息をついて、あたり
を見渡した。金塗りの床に、宗教画の描かれた天井。壁は一面鏡となっており、そこにはたくさんの侍女にかしずかれる真紅のドレスを纏った自分が映っている。
「しかしこの私がとうとう結婚するのか……苦節17年……まさかそんな物好きがいるとは思わなんだけど……」
エレオノ―ラはしみじみと語った後、
「あー!!いや!やっぱりいや!名誉のためとはいえあんな子豚さんと結婚出来ない」
「しかしもうその子豚さんがいらしたようですよ」
「えっ」
その時、天まで届くかと言う程に高らかならっぱの音が響いた。続いて百合の紋章を金糸で縫いつけた純白の旗が振りかざされ、歩兵と騎兵隊が厳めしい顔つきで闊歩して来た。それらに守られているのがフリアンセーヌ王国フェリス公だ。このエレオノ―ラが結婚する男である。
「うわあ……本当に来てしまったよ……」
「冗談かと思ってたんですか?」
小窓から下を見、頭を抱えたエレオノ―ラをミミがせせら笑う。
「全く……いつまでも子供のようにダダをこねてないで、ちったあお考え下さいまし。この婚儀は我がリリタルカルファーにとって有益な事だらけですわ。フリアンセーヌの長い歴史はリリタルカルファーの地に大いなる名誉をもたらします。それにあちらは穀物も豊かで万一こちらで飢饉が起きても無償で輸出して下さるってほら国書にも」
「どれどれ。あ、本当だ」
ミミがうやうやしく捧げたのは国書のメモである。そこにはこたびの婚儀によりマール王国、及びリリタルカルファーの地に大いなる名誉が天より下されるであろう事、敵国に攻められた際はこれを防ぎ、飢饉の時にはふんだんに穀物を輸出するとの有りがたい仰せが、長々と書かれてあった。
「それに!」
ミミはさらに強い口調で続ける。
「名誉こそ我が主君エレオノ―ラ様が最も重視してきたもの。そうでございません?」
「そりゃそうだけど……」
エレオノ―ラはドレスの腰紐を結わえにかかったミミを見つめた。
「何で独身の姉上達を差し置いて私なの?」
「そ・れ・は!しょうがありません!正直申し上げて、御姉妹の内エレオノ―ラ様が最もお美しく聡明にお生まれになったのですもの」
「おおいやだいやだ」
「まあ、とっとと諦めてダンスの練習でもなさることですね。エレオノ―ラ様はワルツのステップが苦手でいらっしゃるから」
立ちあがったエレオノ―ラに、ミミがふふと笑みをこぼした。
その夜――。
「あー疲れたー!!」
巨大な天蓋つきのベッドに横たわると、エレオノ―ラはすぐにこうわめいた。お付きのミミがメイド服の裾をはらい、渋面で叱責する。
「エレオノ―ラ様。そんなお口をきいてはなりません。いくら生まれながらに王都から遠く離れた離宮で育てられたからといって、そのような奔放なおふるまいはお慎み下さいませ。それに貴女はもうじきフリアンセーヌ王国の王妃様となられるのですから」
「あーそうねそうだったね。ああいやだいやだ。私はあの花の匂い立つ離宮で暮らしているだけで十分だったのに……ああ、あの離宮の美しかったこと!小さな愛らしい宮殿に四季折々の花が咲き誇り、城の近衛兵がこっそり遠乗りに連れ出してくれた事もあった。何より監視の目がざるで、私はいつでも街の方に降りてゆけた……!それなのに!急に呼びつけられて女公爵にされて、その上結婚だなんて!ああやっぱり無理!ガッデム!」
「今日のオペラはいかがでしたの?」
「イゾルデがかわいそうだったよ」
エレオノ―ラは沈鬱そうに目を伏せた。それへとミミは優しく微笑みかける。
「確かに、エレオノ―ラ様が急きょここの領主に任ぜられその上ご結婚させられる事はおいたわしく思いますわ。本来なら御姉上様の、ノーリエンヌ様やアナスティア様がなされるべきお仕事……しかし、これもさだめでございます。マール王国第3王女としてお生まれになった貴女の……」
ミミはそう言って口を閉じる。エレオノ―ラはベッドで寝転びながらずっと考えに耽っていた。オペラで同じボックス席に座った、これから生涯を共にしていくあの男!目は小さいし鼻は低いし口元は汚らしい。よだれが常に縦横無尽に飛び交っているような話しぶりも頂けない。その上話す事はと言えば、
「朕の可愛いシャトンがね」
それが愛人の隠語くらいエレオノ―ラにだって分かる。顔で判断はしたくないのだがあのふるまいは許せない。あんな奴と生涯を共にしていくのか――エレオノ―ラは絶望のあまり、ふらふらと立ちあがって格子窓へ身を寄せた。すると眼下の林の奥から、楽しげな音楽の音色が聞こえてきた。リープやハープなどの、王宮の雅な音楽とは正反対の、あの浮かれ騒ぐような音楽!
「もしや領民達のダンスパーティ?私も行ってみたい!」
「駄目ですエレオノ―ラ様」
窓から身を乗り出したエレオノ―ラを、ミミが必死に喰いとめた。
「いけませんエレオノ―ラ様。さあ今日はお疲れでしょう。早くお休みになって。明日は結婚式ですのよ」
「えー」
ぶうと口を尖らせるエレオノ―ラを、ミミは呆れた目つきで眺めた。
「では、おやすみなさいまし」
ふっと、燭台の灯りが消された。天井の天使達は一気に掻き消え、エレオノ―ラの視界には暗闇ばかりが眠っている。
(本当に、これがさだめなんだろうか……)
エレオノ―ラは眠い頭で考えた。
(姉上達の生贄として、このままあの豚男に嫁がされる事が?)
そうまで思い至った時、エレオノ―ラはもう立ちあがっていた。そうっと部屋の奥を見る。見張りの衛兵は立ったまま眠っている。チャンスだ。エレオノ―ラはすばやく着がえ、バルコニーから木を伝い1階まで降りた。そうして林に紛れて鉄門の端まで出、細い体で巧みに外に這い出た。
「出たー!!!」
エレオノ―ラは歓声を上げた。門から出て見上げる景色は格別である。煌めくようなランプの街に、辻馬車がせわしく走っている。
「うふふ……さてどうしようか。ケンスの泉にでも行ってみようか」
そう言うとエレオノ―ラは街に向かって勢いよく走りだした。
辿りついたケンスの泉は夜目にもつやつやした水面が美しかった。
(ここで願い事をすると叶うというけど……)
民の噂を聞き及んでいたエレオノ―ラは、すぐさまそれを実行した。
(自由になりたい自由になりたい自由になりたい後姉上を一発殴りたいそんでもってミミにもう少し優しくなって欲しい)
こんな夜更けに、ケンスの泉に来る連中などほとんどいない。だがエレオノ―ラはそこで声をかけられた。
「おお、なんと美しいお嬢さん」
振り返ると男3人、並んでにやにやしていた。どれも皆ひげ面で、太った腹をぼりぼり掻いていた。
「何か御用かな?」
「いえ、ただワルツを踊って頂きたくて。我々は美人と踊る事が名誉なのです。お嫌でなければ一曲……」
(それが領民の願いなら……)
そう言って差し出された手に、手をゆだねたのが間違いだった。
「あっ」
男達はあっという間にエレオノ―ラの手首を掴み、そのブレスレットを外してしまった。
「わはは世間知らずの女で助かったぜ~!」
「待てー!!」
無論そんな言葉など聞かず、男達はにこやかに走り去っていく。
「待ってくれそれは王家に伝わる大切なカメオのブレスレットで……!」
その時、街の角から男が1人出て、3人の男達に向かっていったのが見えた。そしてどんと男達にぶつかると、
「これは頂いた」
にやりとブレスレットを右手に吊り上げた。
「あー!お前それは俺らの!」
「ふん、取ったもん勝ちだ」
「なんだとこんちくしょう!」
3人の男達は怒り心頭で男に襲いかかるが、たくみに避けられ逆に蹴りを入れられてしまう。
「うぐ……」
男達が地に臥したのを見届けると、男はにやにやしたままエレオノ―ラの脇を過ぎ去っった。
「もらっとくぜ。世間知らずのお嬢ちゃん」
「っておいいい!違うだろ!そこは私に優しく返すところだろう!」
男は不敵な笑みを絶やさないでこう返す。
「俺は盗賊なんでね。あんたも盗賊から物が欲しけりゃ、奪ってみるんだな」
わははーと男の後ろ姿から哄笑が聞こえた。途端、エレオノ―ラは蚤色のドレスをたくしあげ、駆けだして男の背を蹴りあげた。
「いってええええええ」
「今だ!頂き!」
「なーんちゃって」
男はへらへらしたままブレスレットを指にかけ回している。それにエレオノ―ラはかんかんになって喰ってかかる。
「返せこのぬすっとめ!!」
「ほら、悔しかったら奪ってみせろよ」
そのまましばらく取り合いが続いたが、男が、
「俺はこれからエールハウスってとこに飲みに行く。きったねえ所だが、あんたも来るか」
キラン。その一瞬、ブレスレットが街燈を受けてまばゆく光った。エレオノ―ラはたまらず叫ぶ。
「行く!行くぞそれは私のなんだからな!」