幸福な夢から醒めても
喧騒を離れ、酔ったアウレリオとしばらく川沿いを歩いた。青草を渡る夜の風が心地よい。
「アウレリオ、貴様、いくつだ?」
「25」
「25……って私より8つも年上なのか!」
エレオノ―ラは驚いて目を見開く。次にはちょっと俯いて、小さく問いかけた。
「……それで、何で盗賊の頭なんかやってるんだ?」
「生きるためには仕方なかったからな。7つの時に親に捨てられて、それからは似たような境遇の仲間と悪事を働いた。今まで、生き延びるために何でもやったよ。盗みひったくりすり決闘……」
この言葉にエレオノ―ラは急に背筋が涼しくなった。
「もしや、殺しや、誘拐も?」
「殺し、誘拐……そうだな、それも……」
こう言うとアウレリオは突然振り返って、口の端を上げたままエレオノ―ラに近づいた。
「今から、やろうと思えばやれるな」
「うっ……」
エレオノ―ラは思わず身を縮め青くなる。
「……ぷっ。はっはっはっは」
アウレリオは声高くはじけたように笑った。
「ほれ、返してやるよお嬢ちゃん」
薄闇の中で、アウレリオはそっとエレオノーラの腕を取りブレスレットをはめこんだ。 エレオノ―ラはぎゅっと眉を寄せ顔をしかめる。
「どうしてだ?まだ私は貴様を惚れさせていないぞ」
アウレリオはまたくつくつと笑いだす。
「くっくっく。いいよ持ってけ。そしてとっとと帰りな。明日は結婚式なんだろう」
ぎくり、となぜかエレオノ―ラは恥ずかしさに顔を染めて、やっとの事で「ああ」と絞り出した。そうだ。明日は結婚式なのだ。それにはここリリタルカルファーの、ひいてはマール王国の名誉がかかっている。
遠い昔誰かが言っていた。いい夢には必ず終わりがあると。
(戻らなくては……)
エレオノ―ラは悲壮な気持ちで俯いた。
「持っていきな。こんなに連れ回して悪かった。明日、大聖堂だろう?」
「……ああ」
エレオノ―ラは悔しかった。そう言う自分が、ぽろぽろ涙をこぼしているのが悔しくて、苛立って許せなくて……。
アウレリオは微笑んだまま、ぽんとエレオノ―ラの頭に手を乗せる。
「……馬鹿。泣くな。俺は盗賊の頭だぞ?こんな綺麗な宝石があっちゃ、盗みたくなっちまうだろうが」
その優しい指がエレオノ―ラの涙をすくいとる。
「ほら、とっとと行け。じきに朝になる。宮殿はすぐそこだ。幸せになれよ。お嬢ちゃん、いや、エレオノ―ラ」
エレオノ―ラは駆けだした。わずか一晩だけの自由。それがこんなにも愉快で危なくて楽しくて……。初めて見る物ばかりであった。泣きたくなる程、恐ろしくて楽しげなものばかりであった。でも、でも。
(これは夢だったのだ!神の見せ給うた一晩だけの夢!もう2度と見れぬ夢……!)
「エレオノ―ラ様?」
ミミに声をかけられ、エレオノ―ラはっと我に返った。今は結婚式の支度の最中で、左右の侍女からぱんぱんと白粉をはたかれている。
「今日はいよいよ結婚式ですわね。今朝は珍しく早くお起きになられて……あんな子豚!豚肉!と罵られながら、やっぱり楽しみにしていらっしゃったのですね」
「いや……」
エレオノ―ラは鏡台に映る自分を眺め笑った。
「いい夢を見たんだよ」
ミミに聞こえないように、エレオノ―ラは静かにこぼした。
「アウレリオ、貴様、いくつだ?」
「25」
「25……って私より8つも年上なのか!」
エレオノ―ラは驚いて目を見開く。次にはちょっと俯いて、小さく問いかけた。
「……それで、何で盗賊の頭なんかやってるんだ?」
「生きるためには仕方なかったからな。7つの時に親に捨てられて、それからは似たような境遇の仲間と悪事を働いた。今まで、生き延びるために何でもやったよ。盗みひったくりすり決闘……」
この言葉にエレオノ―ラは急に背筋が涼しくなった。
「もしや、殺しや、誘拐も?」
「殺し、誘拐……そうだな、それも……」
こう言うとアウレリオは突然振り返って、口の端を上げたままエレオノ―ラに近づいた。
「今から、やろうと思えばやれるな」
「うっ……」
エレオノ―ラは思わず身を縮め青くなる。
「……ぷっ。はっはっはっは」
アウレリオは声高くはじけたように笑った。
「ほれ、返してやるよお嬢ちゃん」
薄闇の中で、アウレリオはそっとエレオノーラの腕を取りブレスレットをはめこんだ。 エレオノ―ラはぎゅっと眉を寄せ顔をしかめる。
「どうしてだ?まだ私は貴様を惚れさせていないぞ」
アウレリオはまたくつくつと笑いだす。
「くっくっく。いいよ持ってけ。そしてとっとと帰りな。明日は結婚式なんだろう」
ぎくり、となぜかエレオノ―ラは恥ずかしさに顔を染めて、やっとの事で「ああ」と絞り出した。そうだ。明日は結婚式なのだ。それにはここリリタルカルファーの、ひいてはマール王国の名誉がかかっている。
遠い昔誰かが言っていた。いい夢には必ず終わりがあると。
(戻らなくては……)
エレオノ―ラは悲壮な気持ちで俯いた。
「持っていきな。こんなに連れ回して悪かった。明日、大聖堂だろう?」
「……ああ」
エレオノ―ラは悔しかった。そう言う自分が、ぽろぽろ涙をこぼしているのが悔しくて、苛立って許せなくて……。
アウレリオは微笑んだまま、ぽんとエレオノ―ラの頭に手を乗せる。
「……馬鹿。泣くな。俺は盗賊の頭だぞ?こんな綺麗な宝石があっちゃ、盗みたくなっちまうだろうが」
その優しい指がエレオノ―ラの涙をすくいとる。
「ほら、とっとと行け。じきに朝になる。宮殿はすぐそこだ。幸せになれよ。お嬢ちゃん、いや、エレオノ―ラ」
エレオノ―ラは駆けだした。わずか一晩だけの自由。それがこんなにも愉快で危なくて楽しくて……。初めて見る物ばかりであった。泣きたくなる程、恐ろしくて楽しげなものばかりであった。でも、でも。
(これは夢だったのだ!神の見せ給うた一晩だけの夢!もう2度と見れぬ夢……!)
「エレオノ―ラ様?」
ミミに声をかけられ、エレオノ―ラはっと我に返った。今は結婚式の支度の最中で、左右の侍女からぱんぱんと白粉をはたかれている。
「今日はいよいよ結婚式ですわね。今朝は珍しく早くお起きになられて……あんな子豚!豚肉!と罵られながら、やっぱり楽しみにしていらっしゃったのですね」
「いや……」
エレオノ―ラは鏡台に映る自分を眺め笑った。
「いい夢を見たんだよ」
ミミに聞こえないように、エレオノ―ラは静かにこぼした。