幸福な夢から醒めても
ルーエン大聖堂の中には人が詰まっていた。金の装飾がこらされた、豪奢な白の馬車から着飾った人々が次々下ろされていく。中に入っては皆飴色の長椅子に腰かけた。
エレオノ―ラは大聖堂へ向かう馬車の中で1人、諦めていた。
(……ミミは言った。これがさだめだと……そうなのかもしれない。私さえ我慢して結婚すればこの国は安泰になるのだし、皆も喜ぶに違いない……そうだこれでよいのだ。これが神の定め給いし我が運命なのだ)
壮麗なゴシック様式の聖堂につき、エレオノ―ラは久しく見る父と対面した。父は娘の美しさに感嘆した。その姿は襟ぐりの浅い、白地にレースをたっぷりあしらったドレスで、聖堂に参列した全ての人々がおおと息を飲んだ。まばゆい金の髪は高く結いあげられ、朝日にきらきらと光っている。体のあちこちにフェリス公から送られたオパールのパリュールを身につけ、エレオノ―ラは一歩また一歩と父の腕を取り聖堂中心を貫いた赤絨毯の上を歩んでいく。
祭壇の前にはフェリス公がいた。にたにたと緩まった口元からは、今にも青の礼服へよだれが垂れださんばかりである。エレオノ―ラは我が身をふと哀しく思った。
(あれが夢で……、これが現実なのだ……)
式はつつがなく進んでいった。
神父が並ぶ2人の前に立ち、誓約の言葉を誓わせる。
「汝、病める時も健やかなる時も、喜びの時も悲しみの時も富める時も貧しい時も、生涯この者に尽くす事を誓いますか」
「うへへ、誓います」
フェリス公は瞬時に言った。いよいよエレオノ―ラの番である。
「汝、病める時も健やかなる時も、喜びの時も悲しみの時も富める時も貧しい時も、生涯この者に尽くす事を誓いますか」
エレオノ―ラは口を開かない。奥の円柱に隠れていた、ミミが心配そうに顔を出す。参列者からも静かなざわめきが起きる。
(何をやっているエレオノ―ラ!とっとと諦めろ!これが、現実なのだ……)
エレオノ―ラは何度も自分に言い聞かせ、やっと顔を上げた。
「誓い……」
ヒヒーン
そこで、馬蹄の音もけたたましく聖堂内に1人の男が入って来た。
「何奴だ!」
参列者は皆いきり立つが、短銃は預けられている。
「我が名は盗賊アウレリオ!この美しいブレスレットに心を奪われ、ここに姫ごと頂いていく事にする!わっはっはっはー」
アウレリオはそう叫ぶと、ぽかんとしているエレオノ―ラを抱きかかえ馬上に戻った。
すぐに衛兵が銃を取り出す。それへミミが立ちふさがり、
「待って下さい!今撃てばエレオノ―ラ様も撃ってしまう!」
と必死に懇願した。その間に黒馬は走り去りエレオノ―ラはさらわれていく。
「な、なんてこった……」
フェリス公は脱力し、父王は錯乱したようにドアを開け「追えー!!」と近衛兵を向かわせる。それを王のご出馬かと勘違いした小太鼓とフルート奏者が祝歌を奏で出し、あたりの見物客は皆々拍手した。聖歌隊も困惑しながらとりあえず歌い出す。あたりは大混乱だった。
そんな中……
「あら、フェリス公って意外と悪くないわ。金も持ってるし、お近づきになろうかしら」
マール王国第2王女アナスティアがフェリス公に近づいた。それへマール王国重臣一同拍手する。
「……阿呆な奴め」
一方、さらわれたエレオノ―ラは馬上、アウレリオに抱きかかえられながら苦笑する。
「こんなものくれてやる。命が惜しくば私を打ち捨ててとっとと消えろ」
アウレリオはエレオノ―ラの差し出したブレスレットに、
「馬鹿。いらねえよそんなもん。お前、自由になりたいんだろ」
「何を言ってる……私にはそんな願いなど……」
そう言いかけるも、エレオノ―ラの目からは涙が溢れていた。アウレリオは前だけを見据えて、静かに問いかける。
「なりたいんだろ?」
エレオノ―ラはそっと頷く。そうだ。それこそがケンスにかけた望みであった。もう2度と見まいと決めていた、あの夢の中で。
夢は醒めた。今広がっているのは見渡す限りの草原、自由の世界である。アウレリオは高らかに言う。
「叶えてやるよエレオノ―ラ。この俺を惚れさせてくれた礼だ」
エレオノ―ラは俯き、やがてくすくすと笑った。
「これが、私のさだめかもしれないな」
街では白い鳩が飛び立ち、鐘は訳もわからず鳴らされる。こんな中では、きっと通りすがりの旅人などはこう思う事だろう。
「ああ、今日はきっと世界で1番幸せな婚儀が行われたのだ」と。
エレオノ―ラは大聖堂へ向かう馬車の中で1人、諦めていた。
(……ミミは言った。これがさだめだと……そうなのかもしれない。私さえ我慢して結婚すればこの国は安泰になるのだし、皆も喜ぶに違いない……そうだこれでよいのだ。これが神の定め給いし我が運命なのだ)
壮麗なゴシック様式の聖堂につき、エレオノ―ラは久しく見る父と対面した。父は娘の美しさに感嘆した。その姿は襟ぐりの浅い、白地にレースをたっぷりあしらったドレスで、聖堂に参列した全ての人々がおおと息を飲んだ。まばゆい金の髪は高く結いあげられ、朝日にきらきらと光っている。体のあちこちにフェリス公から送られたオパールのパリュールを身につけ、エレオノ―ラは一歩また一歩と父の腕を取り聖堂中心を貫いた赤絨毯の上を歩んでいく。
祭壇の前にはフェリス公がいた。にたにたと緩まった口元からは、今にも青の礼服へよだれが垂れださんばかりである。エレオノ―ラは我が身をふと哀しく思った。
(あれが夢で……、これが現実なのだ……)
式はつつがなく進んでいった。
神父が並ぶ2人の前に立ち、誓約の言葉を誓わせる。
「汝、病める時も健やかなる時も、喜びの時も悲しみの時も富める時も貧しい時も、生涯この者に尽くす事を誓いますか」
「うへへ、誓います」
フェリス公は瞬時に言った。いよいよエレオノ―ラの番である。
「汝、病める時も健やかなる時も、喜びの時も悲しみの時も富める時も貧しい時も、生涯この者に尽くす事を誓いますか」
エレオノ―ラは口を開かない。奥の円柱に隠れていた、ミミが心配そうに顔を出す。参列者からも静かなざわめきが起きる。
(何をやっているエレオノ―ラ!とっとと諦めろ!これが、現実なのだ……)
エレオノ―ラは何度も自分に言い聞かせ、やっと顔を上げた。
「誓い……」
ヒヒーン
そこで、馬蹄の音もけたたましく聖堂内に1人の男が入って来た。
「何奴だ!」
参列者は皆いきり立つが、短銃は預けられている。
「我が名は盗賊アウレリオ!この美しいブレスレットに心を奪われ、ここに姫ごと頂いていく事にする!わっはっはっはー」
アウレリオはそう叫ぶと、ぽかんとしているエレオノ―ラを抱きかかえ馬上に戻った。
すぐに衛兵が銃を取り出す。それへミミが立ちふさがり、
「待って下さい!今撃てばエレオノ―ラ様も撃ってしまう!」
と必死に懇願した。その間に黒馬は走り去りエレオノ―ラはさらわれていく。
「な、なんてこった……」
フェリス公は脱力し、父王は錯乱したようにドアを開け「追えー!!」と近衛兵を向かわせる。それを王のご出馬かと勘違いした小太鼓とフルート奏者が祝歌を奏で出し、あたりの見物客は皆々拍手した。聖歌隊も困惑しながらとりあえず歌い出す。あたりは大混乱だった。
そんな中……
「あら、フェリス公って意外と悪くないわ。金も持ってるし、お近づきになろうかしら」
マール王国第2王女アナスティアがフェリス公に近づいた。それへマール王国重臣一同拍手する。
「……阿呆な奴め」
一方、さらわれたエレオノ―ラは馬上、アウレリオに抱きかかえられながら苦笑する。
「こんなものくれてやる。命が惜しくば私を打ち捨ててとっとと消えろ」
アウレリオはエレオノ―ラの差し出したブレスレットに、
「馬鹿。いらねえよそんなもん。お前、自由になりたいんだろ」
「何を言ってる……私にはそんな願いなど……」
そう言いかけるも、エレオノ―ラの目からは涙が溢れていた。アウレリオは前だけを見据えて、静かに問いかける。
「なりたいんだろ?」
エレオノ―ラはそっと頷く。そうだ。それこそがケンスにかけた望みであった。もう2度と見まいと決めていた、あの夢の中で。
夢は醒めた。今広がっているのは見渡す限りの草原、自由の世界である。アウレリオは高らかに言う。
「叶えてやるよエレオノ―ラ。この俺を惚れさせてくれた礼だ」
エレオノ―ラは俯き、やがてくすくすと笑った。
「これが、私のさだめかもしれないな」
街では白い鳩が飛び立ち、鐘は訳もわからず鳴らされる。こんな中では、きっと通りすがりの旅人などはこう思う事だろう。
「ああ、今日はきっと世界で1番幸せな婚儀が行われたのだ」と。