ハンナの足跡
 しばらく話していて、僕は最近のあの事件の事を口に出していた。
 「そういえばさ、つい最近の事なんだけど、へんな事件がアパート引っ越して早々起こったんだよ。知らない女が突然ものすごい慌てて走ってきたかと思ったら、俺の部屋のドアの前で止まって、助けてくださいとか言うんだよ。」
 「へえ、びっくりしますよね。」
 「で、なんか怪しい気もしたんだけど、可哀想だからドアを開けてやったんだよ。そしたら部屋に押し入って来て、一通り話したい事話したら、ありがとうございましたってお礼を言って出て行ったんだよ。それっきり。なんか騙されたような気分だよ。」
 「へえ、先輩じゃなくて馬鹿な別の男だったら、まずタダでは帰さないでしょう、女にもよるけど。」
 「それが結構かわいい子だったな。日本人離れした感じだったから、ハーフだろうな、日本語も片言だったし。」
 「まじっすか、俺ならタダでは帰さないな。」
 「でもさ、どうしてもやりたくない仕事をさせられそうになって、逃げてきたって言うんだぜ。普通の仕事してないだろう。後ろに危ない組織がついてるんだって、きっと。手なんか出したら向こうの思うツボだったのかもしれないだろ。ある意味ピンチだったんだよ、俺が思うに。」
 「先輩はいつも冷静ですよね。俺はそんなかわいい子と知り合ったら、猪突猛進だなあ。今は昔ほどは遊べないですけどね、ボクシングに夢中だから。」
 「だよな、ホント応援してるから、がんばれよ、西島。」
 そう言って、またしばらく話した後、西島は再び練習を始めた。僕はジムの隅っこから、練習風景を眺めた。正直、羨ましかった。僕は西島を羨望の眼差しで見た。
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