ハンナの足跡
 ファミレスに着くと、女との話が弾んだ。久しぶりに僕は心から楽しかった。今までの僕の人生と、彼女の人生を互いに話始めていた。彼女は16才から日本に来て働き、今年19才になったと話した。彼女の顔立ちのせいか、十代の印象は受けない。
「貴方、名前何という。私は何て呼んだらいいかな。」
「僕?ん~、そうだなあ…」
「貴方、私のお兄さんみたいね。お兄さんて呼んでいいですか。」
 僕は照れ臭くって大笑いした。
「お兄さんだとちょっと変ね。…お兄ちゃんがいいな、お兄ちゃん!」
 好きにしたらいいと思った。この娘の今までの苦労と、今抱えている寂しさを思ったら、そのくらいお安い御用だと思った。
「好きにしたらいいよ。お兄ちゃんなんて、まるで僕の妹みたいじゃないか。」
「私、貴方の妹よ、今日から。うれしいな、うれしいなあ。」
 女は子犬のようにはしゃいで、僕に懐いた。
「お前、猫みたいな顔してるくせに、犬みたいなはしゃぎ様だな。」
「猫みたいはよく言われるね。犬みたいはお兄ちゃんが初めて。」
 溶けかかったアイスクリームを美味しそうに食べながら、女はもう随分と昔から僕が自分の兄であるかのように、僕をお兄ちゃんと呼んだ。
「私のことは、ハンナと呼んで、お兄ちゃん。」
 スプーンを口に突っ込んで、得意の人懐っこい笑顔で女は僕にそう言った。彼女にもし分けないことを言った後だったから、僕はその負い目もあって、その日から彼女をハンナと呼ぶことにした。

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