ハンナの足跡
ハンナと僕
 あれから一ヶ月後、僕とハンナはすっかり仲良しになった。まるで本当の兄妹であるかのように。彼女を部屋へ上げることにも抵抗はなくなり、よく遊びに来るようになった。仕事仲間も何人か連れて来るようになった。僕の小さな城は華やかで、賑やかになっていった。
 僕はそんな光景を見て、まるで幻のように感じていた。物心つく頃から、孤独な静寂を愛していた僕。これからもずっとそれは変わることはなく、老いて息絶えるときまで、僕はずっと崇高な静寂の中で暮らすのだと思っていた。僕にとって他人とは、多くが邪魔者で、居なければ居ないほど心地の良いものだった。今でもそれは変わらないが、ハンナは別だった。僕にそんなことを感じさせる女性はハンナが初めてだ。昔、少し関係を持った女たちの中には、僕をそんな気持ちにさせる女は一人も居なかった。かといって、ハンナは僕の性欲の対象にはならなかった。それ以上に、僕はハンナの身体や心を気遣った。この気遣いは、ハンナの立場を理解している良識ある人間ならば、自然と沸き起こってくる、そんな種類のものだ。ハンナは嫌というほど、ほぼ毎日、沢山の男の餌食になっている。僕は、そんなハンナを、抱くには穢れているとか思った事は一度もない。ハンナがもし、男に抱かれる事無しでは生きていけないような女で、それが原因で仕事をしていたのだとしたら、僕は間違いなくハンナを毛嫌いして、こんな関係にはなっていなかったろう。ハンナは自分の家族の為に身を犠牲にしていた。僕には居ない、僕の記憶の中には存在すらしていない、家族という物の為に。そういう物を知らない僕には、彼女のしていることに凄く興味が沸いたのだ。それ程に、彼女を突き動かす原動力となっている、家族とは、一体どういう物なのか。彼女を通して少しでも知りたいと、僕はそう思っていた。
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