ハンナの足跡
ハンナと兄妹のように付き合い始めて、一ヶ月が経とうとしていた。僕はいつもの巡回が終わって、赤いランプの光る詰め所へ戻った。陽も暮れて、虫が街灯の周りに集まっていた。自転車を留めて、詰め所の入り口へ差し掛かると、僕の右肩に一匹の白い蛾が止まった。蛾はゆっくりと二の腕の方へ降りて来た。制服の袖の辺りまで来ると、動くのを止めた。僕はじっと蛾を見つめた。雪のように白い羽。頭の先端から長い触角が伸びている。一つ一つの繊毛が均等に生えている。こうして見ると、蛾も綺麗なもんだと僕は思った。ゆっくり腕を外へ向け、蛾の背中を僕は左手の人差し指で優しく押した。すると、蛾は促されたように、飛び立っていった。白い点が、暗い空の中へ消えていった。