ハンナの足跡
 ハンナに初めて出会ったのは、僕が一人暮らしを始めたばかりの頃だった。
 狭くて古いアパートだったけれど、居心地の悪いあの家から出られる日を、いつも夢見ていた僕には、この世で一番大切な空間に思われた。荷物が片付け終わって、ほっと一息付いて、窓の外を眺めていた。その日は雨が降っていて、耳を澄ますと、淑やかに、雨音が響いて、僕の胸に染み込んでいった。乾いたアスファルトに、雨水が染み込んで、あの独特な匂いを、僕は新鮮な気持ちで嗅いだ。ここで、大きな雷でも鳴ったら、これからの生活を高らかに奏でる、ファンファーレのように感じただろう。依然として、雨は静かに降り続けていた。僕は少しほっとしたのか、そのまま朝まで眠ってしまった。目が覚めると、窓の外には今まで見たことのない程の、美しい青空が広がっていた。
 暮らし始めて、最初の休日。僕は一人で買い物へ行った。近所の街を探索しながら、胸躍る気分で、歩いていた。遠くで小鳥のさえずりが聞こえた。
  
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