ハンナの足跡
 昼間、紺野さんに話があると呼ばれ、僕は何だろうと思って、席に着いた。紺野さんの第一声はこうだった。
「お前、ヤクザの女と付き合ってんのか。」
 僕は吹き出しそうになったが、堪えた。
「待ってくださいよ、何ですか、紺野さん。冗談ですか。僕はそんな身の程知らずなこと出来ませんよ。紺野さんも分かってるでしょう。」
「いや、俺はお前が心配なんだよ。付き合ってないんだな、じゃあ。」
「付き合っていません。」
「よかった。安心したよ。神崎がな、お前が変な女と関係があって、職務の立場上、まずいんじゃないか、なんて偉そうに言ってくるもんだから。あいつの事なんてどうだっていいんだけどさ、本当だったら、お前が大変だと思って。」
「大丈夫です。仲良くしてるだけで、付き合ってはいませんから。」
「なんだ、それじゃ、友達とか、そういうことか。」
「まあ、そんなもんです。僕にとっては恋愛対象じゃないです。」
「わかった。これですっきりしたよ。ごめんな、急に。」
「いえ。」
 神崎の想像も大したものだ。僕の周辺を嗅ぎ回るなんて、本当に女々しい奴だ。僕は嫌悪した。嫌悪しながらも、僕は普段通り、神崎に接した。
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