ハンナの足跡
「ハンナも西島も、落ち着けよ。恥ずかしいだろ、こんな所で喧嘩するなんて。西島のためにも、俺のためにも、ここではっきり言って置く。俺は、ハンナのことは本当に妹みたいに思ってる。それ以上でも、それ以下でもない。この先、何があっても、ハンナと付き合ったりすることはない。俺は、ハンナにとっては親代わりみたいなもんなんだよ。ハンナの心の拠り所なんだ。俺のアパートは寺子屋みたいなもんで、避難所なんだよ。それでいいんだ。ハンナにはそれが必要なんだから。西島は、ハンナのことが本気で好きなら、そういう心の拠り所になってやればいいんだよ、俺の代わりに。ハンナは、俺に恋人みたいに抱きついたりしないでくれ。ここは日本で、スキンシップの仕方も、お前の国とは違うんだから。わかった?」
 場が一時静まり返ったが、西島の一言で空気が変わった。
「先輩、俺、燃えてきました。がんばります、ハンナの心の拠り所になれるように。」
 西島は試合のときのように、いい目になった。本気なんだなと思った。安心した。ハンナは黙ってうつむいたままだった。言い過ぎたかと思い、声を掛けた。
「ハンナ、泣いてるの?」
「…泣いてない。反省、してる。お兄ちゃんに悪い事してた。気がつかなかったよ、日本ではそういうことしないんだね。ごめんね。」
「嘘つき、ハンナ。半ベソかいてるよ。」
 僕がそう言って笑いかけると、ハンナも笑った。ハンナは僕に抱きついた。
「こらこらハンナ、こういうことはしないって言ったばっかりだろ。」
「これは、仲直りの挨拶。挨拶はいいでしょ。私、外国人。挨拶ぐらいは許して。他のことはもうしないから。」
「…わかった。いいよ。反省するだけ、偉い。」
 朱美はいつの間にか起きていて、事の一部始終を見ていたらしかった。
「え?ハンナとお兄様って付き合ってなかったの?マジ?」
 不穏な空気が吹き飛んだ。
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