ハンナの足跡
 気が付くと、閉店時間をとっくに過ぎていたので、僕らは慌てて店を出た。外を何気なく歩いていると、夜風が気持ち良かった。ハンナは何も飲んで居ないかのように顔色も何も変わりなかった。朱美は酔っ払いの千鳥足で、朋子と西島に担がれていた。
「なあ、ハンナ。俺達家族みたいだな。」
 僕が面白がってそう言うと、ハンナは大喜びした。
「そうね、家族みたいね。ハンナうれしい。」
 ハンナは僕の手を掴んではしゃいだ。僕が兄貴で、朋子が母親、朱美は妹で、西島が弟なんだろうなと、ハンナの頭の中の家族を想像してみた。なんだか可笑しくって、それでいて、今まで僕が感じた事のないような温かさを体の奥に感じた。いや、体の奥というよりは、ベールをまとったように、温かいものに包まれている感じだ。この不思議な感じは何だろう。失ったときに、自分がどうなってしまうのか、分からないほどの心地良さだった。僕は失ったときを想像して、今まで味わった事のない程の恐怖を感じた。だから、ハンナの手を思わず力を込めて握ってしまっていた。
「お兄ちゃん、痛いよ。力、強い。」
「ああ、ごめん、ハンナ。」
「どうした、何か考え事?」
「いや、何でもないよ。いいなあ、こういうのって思ってた。」
「ハンナもお兄ちゃんに、お返ししたい。」
「お返し?」
「いつも世話になってるから。」
「…もうしてるんじゃないか、お返し。」
「どうして」
「今言ったようなことは、恩返しっていうんだよ、ハンナ。」
「だから、どうしてもうしてるの?」
「俺、家族が居ないからさ。血は繋がってなくても、家族が出来たみたいで、嬉しいんだ。お前に会えて、良かったよ。最初は変な女だと思って、警戒してたんだけどさ。まさかこんな事になるとは…」
 僕の言葉を聞いて、ハンナは大泣きした。
「あ!先輩が、またハンナを泣かした!」
 西島は朱美を放り出して、ハンナの方に駆け寄って、ハンナを慰め始めた。放り出された朱美は文句を言い出した。朋子が朱美を慰めた。僕はその様子を、この世の奇跡を見るかのように、いつまでも眺めていた。
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