ハンナの足跡
 病院に着いて、受付で事情を話し、朱美の名を言うと、部屋まで案内された。「朱美」というのは、朱美の本名なんだということを僕はそのとき知った。
 『木下 朱美』
 病室の札を見て、朱美の知らない顔を見てしまったような気がした。
病室に入るなり、ハンナが僕を見つけて、駆け寄って来た。初めて会ったときのように、泣きじゃくっていた。朋子は、朱美の顔をみつめながら、頭を優しく撫でていた。ハンナを落ち着かせるために、病室の外へ連れて行った。そのとき、西島も呼んだ。病室の外の廊下にある長い椅子にハンナを座らせて、ハンナの手を握りながら、顔を覗き込んだ。涙やら何やらで顔がグシャグシャだった。
「西島、ハンカチあるか?」
「え、あ、はい、持ってます。」
「ハンナに貸してやって。」
 西島は駆け寄って、ハンカチを僕に差し出した。
「違うよ西島、俺に出したって仕方ないだろ。」
「え?」
 僕は西島をハンナの右側に座らせて、僕が握っているハンナの手を、西島の左手に預けた。
「頼んだよ。西島。」
 僕がそう言うと、西島は力強く頷いて、ハンナの手をぎゅっと握り、ハンカチで顔を拭いてやった。ハンナはそれを素直に受け入れた。僕は安心して、そのまま病室へ向かった。病室の扉を開けて、部屋に入る前に、一瞬、ハンナと西島の方を見た。西島が懸命にハンナを慰めていた。僕はその様子を微笑ましく思い、同時に安堵した。
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